これは、とあるダムカード収集家から聞いた話だ。
彼が訪れたのは群馬県みなかみ市内のダムと、山奥にある上野村のダムだった。日帰り温泉でカードを手に入れたのが夕方五時過ぎ。その後、横浜まで帰る予定であったが、道中、辺りはすぐに闇に飲まれた。ナビなしの車で地図を頼りに山道を進むものの、戻るはずの道から逸れてしまい、まるで未知の世界に迷い込んだかのようだった。
闇の中、唯一の光は彼の車のヘッドライトのみ。周囲には目印もなく、ただ続く細い道に恐怖が湧いた。ふと見つけた小さな看板の矢印に従い進んでいると、一台の白い車が前方に現れた。安堵したのも束の間、その車は細い山道を60キロの速度で疾走しはじめ、彼も無意識に追いかける形となった。しかし、走れど走れど目指す集落は見えない。後方にも一台の車が現れ、彼はまるで二台に挟まれたような状態で異様な道を進んでいく。
それから一時間近く経ち、彼の不安は限界に達していた。燃料も減り始め、手詰まりの中で彼はラジオをつけて気を紛らわせた。流れてきたのは懐かしの「太陽・神様・少年」。安心しかけたその瞬間、亡くなったはずのパーソナリティの声が流れ、「今、この曲をどうぞ」と告げた。不自然な放送に背筋が凍り、そして彼の目に「御巣鷹山」への案内標識が映り込む。
御巣鷹山は、かつて大事故が起き、多くの命が散った場所だ。パニックに襲われる中、目の前と後ろにいる車のナンバーが目に入り「・・49」「・・42」。通常、陸運局では欠番扱いとなるはずの番号だった。「このままでは、何か良くないことが起こる」――彼の直感が強烈に訴えていた。
迷いながらも意を決し、来た道を引き返そうとしたその時、ヘッドライトの先にバイクの影が浮かび上がった。赤い旧式のCB750。乗っている男の顔は、郷ひろみを超えるような濃い顔立ち、しかしどこか記憶に残る面影だった。何本も煙草を吸って気持ちを落ち着かせた彼は、帰宅後、その不思議な男について母親に尋ねた。
彼の母は、語り始めた。あの濃い顔の男は、彼が生まれる前にバイク事故で亡くなった実の父親だった。父の母が法事を一手に引き受け、遺品を全て引き取ったため、彼は父の姿をほとんど知らないまま育ったのだという。そうして写真もろくに見たことのない「父」が、あの不気味な山道で彼を助けに現れたというのだ。
恐ろしい遭遇だったが、彼には確信があった。あの濃い顔の父親が、迷い込んだ闇の世界から自分を救ってくれたのだと。そして今も、ダムカードを手に山奥を走る彼は、時折、赤いバイクの影を思い出しつつ、胸中で呟く。「ありがとう、オヤジ」と。
(了)
[出典:http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1410191336/]