ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

白いスーツとブーケの影 r+6,901

更新日:

Sponsord Link

会社勤めをしていた頃、二十歳そこそこの私は、どこにでもいる普通の事務員だった。

外壁の修復工事で会社に出入りしていた男、市川と出会ったのは、その年の初夏だったか。日焼けした肌にヘルメット、無精髭をたくわえながらも笑顔の絶えないその姿に、最初は同年代かと思っていたのに、実は十七歳も年上と知って仰天した。

私は彼に対して、恋愛感情などこれっぽちも持っていなかった。ただ、先輩がその市川の友人に夢中で、ついでに私が市川のお気に入りだと噂が立ったせいで、渋々飲み会に顔を出す羽目になった。

最初は皆と冗談を飛ばし合っていただけだったのに、酒が進むにつれて市川の視線が重くなっていくのがわかった。

「真由美ちゃんは彼氏いないの?」

「真由美ちゃん、どんなタイプが好きなの?」

「真由美ちゃん……」

耳にまとわりつく、蛇のように何度も繰り返されるその名。うんざりして、私は曖昧な返事でやり過ごし、酒をあおった。

先輩が潰れて寝込んだのをいいことに、その場を抜け出して、ようやく安堵の息をついた。が、翌日、奇妙なことが起きた。

メールの着信音が鳴り、画面を見た瞬間、背筋が冷えた。

『市川です。昨日はせっちゃん大丈夫だった?』

メール?交換なんかしてない。絶対に。

問いただすと、市川は笑いながらこう言った。

「トイレに行ってる間に、携帯勝手に見てメアドと番号ゲットしちゃった☆ノリノリだったんだよ、みんな!」

ふざけてる。怒りが湧き上がるより前に、恐怖の方が勝った。知らない間に、私の携帯を操作された。その指で。あの目で。

何度も謝られ、しぶしぶ“ただのメル友”としてやり過ごしたけれど、それがすべての始まりだった。

仕事終わりに「会いたい」と言われ、仕方なく会社前で待っていたら、目の前に真っ白なスーツを着て、花嫁のような小さなブーケを手にした市川が現れた。

「真由美ちゃん、結婚を前提に付き合おう?」

冗談じゃない。私は震える声で断り、その場から逃げた。

その夜から、地獄が始まった。

「怒ってないよ(^^)/メールちょうだい!」

「返事がないのは寂しいなぁ(^_^;)」

「電話して、お願い……」

何十通というメール。中には隠し撮りの写真まで。自分の顔が、無防備な笑顔が、焼酎グラス越しに映っている。

携帯を拒否設定し、番号も消した。でも、終わらなかった。

半月後の昼、登録されていないアドレスからメールが届く。

『今、岸町のコンビニにいるんだけど……』

私は叫びそうになった。家から数百メートルの場所。どうして。誰にも教えてないのに。

窓を閉め、カーテンを引き、息を殺した。見つかりませんように……そう、祈るしかなかった。

それからは、何事もなかったように平穏が戻ったように見えた。私も安心し、油断していた。

ある日、会社で先輩と休憩中、先輩が携帯を睨んでいた。

「……知らない番号から無言電話がずっと来てるの」

私が代わりに出てやろうかと言い、電話を取った。耳に当てた瞬間、息が止まりそうになった。

「………やっと出てくれたね、真由美ちゃん。……元気?」

しわがれた声。聞き間違えるわけがない。市川だった。

携帯を床に投げて、震えが止まらなくなった。先輩も青ざめていた。

その夜、私たちは一緒に携帯を解約し、番号もメアドも変えた。市川の友人にも頼み込み、もう関わるなと伝えてもらった。

ようやく、闇が晴れたように感じた。

けれど、ある日、何の前触れもなく、部屋のインターホンが鳴った。

カメラを確認する勇気が出ず、ただ固まっていた。鳴る。鳴る。鳴る。

ようやく鳴り止んだ後、ポストに一枚の写真が入っていた。

私が数日前、駅の売店で雑誌を見ていた姿が写っていた。真上から、どこか高い場所から撮られていた。

背中が、ぞわりと泡立った。あれから十年以上経つけれど、今でも背後に気配を感じることがある。

あの男の目、声、花束。全部、心に焼き付いて離れない。

私の名前は真由美。でも、今の私は違う名前で暮らしている。

どうか、どうか、彼がこの話を読んでいませんように。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.