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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

雄二の記憶 r+8,120

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その日、俺は再びあいつに出会った。

体育館の熱気と喧騒が、火曜日だけは消え失せる。バレー部員たちの甲高い声が響く代わりに、俺たちバスケ部員は、ただひたすらにアスファルトの上を走ることを強いられた。行き先は、学校からほど近い、古ぼけた公園だ。そこの片隅で、俺たちは無言で筋力を追い込む。それは、まるで修行僧の営みのようなものだった。

だが、いつの頃からだったか、その公園には奇妙な「観客」が現れるようになった。
髪はボサボサに乱れ、薄汚れたワンピースに身を包んだ、痩せこけた女。焦点の定まらないその目は、いつも虚空を彷徨い、時折、独り言のように何かを呟いている。初めてその姿を目にしたとき、俺は思わず目を逸らした。世間には、こういう類の人間がいる。関わってはいけない、見ないふりをするのが賢明なのだと、本能的に察知したからだ。

しかし、その女は日を追うごとに、俺たちの存在を意識するようになった。俺たちが筋トレをしている間、じっとこちらを見つめているのだ。その視線は、まるで獲物を品定めする肉食獣のようでもあり、あるいは、遠い過去を思い出す者のようでもあった。俺はできるだけ気にしないように努めたが、時折、その視線が俺の皮膚を這うような感覚に襲われると、背筋に冷たいものが走った。

俺たちが二十人近く集まれば、一人や二人は、その雰囲気をぶち壊す奴がいる。その日、暑さで苛立っていたのだろう、雄二が突然、その女に向かって大声で怒鳴りつけた。

「おい、あんた! いっつもいっつも見てんじゃねーよ! なんか用があんのかよ!」雄二の気持ちも分からなくはなかった。毎日毎日、誰かも分からない奇妙な人間に見つめられれば、精神的に追い詰められる。しかし、俺は内心、余計なことをしてくれたものだ、と思った。あの手の人間は、刺激してはいけないのだ。

女は、雄二の罵声に何の反応も示さず、ただ、苦虫を噛み潰したような顔で俯くだけだった。雄二もそれ以上は何も言わず、俺たちはその日の練習を終え、学校へと戻った。

翌週の火曜日、公園にその女の姿はなかった。
「ざまあみろ、さすがにビビったんだろ」
誰かがそう呟くのが聞こえた。俺たちも、正直ほっとしていた。これで、以前のように、何の気兼ねもなく、練習に集中できる。その日の練習は、いつも以上に活気があったように思う。

練習も終盤に差し掛かった頃、ふと水道の方に目をやると、雄二が顔を洗っていた。その横には、いつの間にか、あの女が立っていた。俺は心臓が止まるかと思った。いつの間に現れたんだ。なぜ、よりによって雄二のそばにいるんだ。

その瞬間、俺は見てしまった。女が手に持っていた白いタオルを、雄二が水道の脇に置いていたタオルと、素早くすり替えるのを。その動きは、まるで訓練されたスリのように、滑らかで無駄がなかった。雄二はそれに気づかず、顔を洗い終えると、俯いたまま、すり替えられたタオルに手を伸ばした。

「雄二っ! やめろ!!」

俺は喉が張り裂けるほどの大声で叫んだ。他の部員たちも、俺に続いて叫び始める。
「雄二、触るな!!」
「やめろおぉぉぉぉぉ!」

俺たちの絶叫に、雄二は驚いて振り返った。その隙に、女はまるで風のように、公園の奥へと消えていった。

俺たちは慌てて雄二の元へ駆け寄り、すり替えられたタオルに目をやった。タオルは丁寧に折りたたまれていたが、その内側に、びっしりとマチ針が刺さっているのが見えた。

後日、俺は部活の顧問から、あの女の素性を聞くことになった。精神科病院を退院したばかりで、自宅療養中だったらしい。学校側が病院に連絡し、再び施設へ戻されたと聞いた。
「だが、いつ、また出てくるか分からないんだ……」
顧問のその言葉が、俺の耳にこびりついて離れなかった。結局、卒業まで、俺たちは二度とあの女の姿を見ることはなかった。

だが、本当にこれで終わりなのだろうか。

俺がこの話を聞いたのは、高校を卒業して、数年が経った頃だ。俺の同級生だった雄二と、街で偶然再会した。
「お前さ、高校の時に変な女に絡まれたこと、覚えてるか?」
そう聞くと、雄二は、一瞬、遠い昔を思い出すような顔をした後、
「ああ、覚えてるよ。あの時、お前らが助けてくれなかったら、俺、どうなってたか分からないな」
そう言って、笑った。
「そうだよな。でも、お前さ、その時、顔に怪我とかなかったよな?」
「ああ、もちろん。俺は無傷だよ」
雄二は、不思議そうに首を傾げた。
「だよな……」
俺は、それ以上は何も言えなかった。
なぜなら、俺が知っている話と、雄二が覚えている話には、決定的な食い違いがあったからだ。

俺たちの絶叫で、雄二は顔を拭くのをやめた。そのはずだった。だが、俺は、その時、確かに見たのだ。すり替えられたタオルを、雄二が、一瞬だけ、顔に押し当てていたのを。その時の雄二の顔は、苦痛に歪んでいた。そして、タオルを顔から離した時、雄二の頬には、赤い血が滲んでいた。俺たちは、咄嗟にそれを隠し、雄二には、「何も起こらなかった」と伝えた。そうしなければ、雄二の精神が、壊れてしまうのではないかと、俺たちは怖かったのだ。

だが、雄二は、そのことを全く覚えていなかった。俺は、雄二が嘘を言っているようには見えなかった。本当に、その時の記憶が、すっぽりと抜け落ちているようだった。

「雄二、お前さ、最近、何か変なこと、ないか?」
俺の問いに、雄二は、にこやかに答えた。
「変なことって、なんだよ。俺は元気だよ」
そう言って、雄二は、俺の顔を、じっと見つめた。その目には、確かに、あの日の女と同じ、虚ろな光が宿っていた。そして、雄二は、俺の耳元で、囁いた。

「ところでさ、お前の顔に、なんか、赤い点々がいっぱい、ついてるぜ……」

俺は、一歩後ずさり、雄二から距離をとった。雄二は、そのまま、俺の顔をじっと見つめながら、不気味な笑みを浮かべていた。

「なあ、お前、最近、よく、ジロジロ見られてるだろ……」

俺の背筋を、冷たい汗が伝った。

「なあ……」

雄二の、その言葉が、俺の耳から、離れない。

俺は、雄二の顔から目を逸らすことができなかった。雄二の目には、確かに、あの女と同じ、奇妙な光が宿っていた。そして、その光は、俺の心臓を、鷲掴みにしたまま、離そうとしなかった。

俺は、あの日のことを、誰にも話すことができなかった。
あの日の出来事を、雄二は、忘れてしまった。
そして、その「忘れられた記憶」は、俺の中に、まるで呪いのように、こびりついている。

いつか、俺の顔にも、赤い点が、浮かび上がるのだろうか。
俺もまた、あの女のように、誰かのことを、毎日、毎日、見つめるようになるのだろうか。

俺は、自分の顔を、鏡で見ることが、できなくなった。

[出典:282: 本当にあった怖い名無し 2006/11/12(日) 16:09:33 ID:+YleTXQu0]

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