友人たちと深夜の山道をドライブしていた。
霧が濃く、後続車もいなかったので、ゆっくりと安全運転していた。
目指していたのは頂上近くの展望台。
静かな夜道を進んでいると、突然、後ろからヘッドライトが迫ってきた。
「ヤバいぞ!後ろ、ベンツだ!」と後部座席の西村が叫ぶ。しかも、スモークガラス越しに中の様子は全く見えない。
「こんな勢いで煽られたら停車したら追突される!」と考えた俺は、アクセルを踏むしかなかった。
ベンツはぴったりと後ろにつけたまま離れない。霧の中で追跡劇が続く。心臓はバクバクで、どこまで逃げればいいのか分からなかった。
ようやく展望台の看板が見えた。
「ここに入れば追い越していくだろう」と思い、俺は駐車スペースに車を滑り込ませた。
だが、ベンツも止まった。
しかも出口付近に車を横付けし、俺たちの退路を塞ぐような形だ。
車内は一瞬で緊張に包まれた。
やがて、ベンツから男が二人降りてきた。細身の男はスーツ姿で、清潔感があるが、どこか鋭い雰囲気。もう一人は体格のいい男で、明らかに「そっち系」だ。
細身の男が窓をコンコンとノックする。
俺は恐る恐る窓を10センチほど開けた。
「こんな時間に何しとるんや?」
「夜景を見に来たんです……」と俺は答えた。
体格のいい男が笑いながら口を開く。
「男ばっかりで夜景かいな?寂しいなぁ!」
二人は続けてこう言った。
「煽ってすまんかったな。お前らの車、ええ車やな。こっちのモンかと思ったわ。勘違いや」
急に穏やかな雰囲気になり、俺たちも少しホッとした。
その後、自販機でジュースを奢られ、タバコを吸いながら世間話をした。細身の男は話しやすく、普通のオジサンに見えたが、やはり油断できないオーラが漂っていた。
「ほな、用事あるから行くわ」と男たちは去る準備を始めた。
細身の男が運転席に乗り込み、体格のいい男は後部ドアを開けて何かを確認するような仕草を見せた。
その瞬間、西村が声を押し殺して呟いた。
「……今、見えた。後ろのドアのとこ、手ぬぐいで口塞がれた人が……」
言葉が耳に届いた瞬間、背筋が凍りついた。
「はよ言えや!」と他の友人が震えた声を上げる。
しかし、何もできない俺たちは、ただその場を去る男たちを見守るしかなかった。
ベンツはエンジンをかけたまま、しばらく動かなかった。そして突然、ものすごい勢いで登りの道へと消えていった。
だが、展望台より上に道はない。あるのは整備されていない獣道だけ。
「あの先に何があるんや……?」
俺たちは何も言わず車に乗り込むと、一目散に山を下った。助手席の西村は最後まで一言も喋らなかった。
数日後、その山近くのニュースで「行方不明者が発見されず」という記事を見たとき、俺たちは目を合わせることができなかった。
誰もが、あの夜見た光景を思い出していた。