山形県の「オナカマ」は、主に村山・最上を中心に確認される、盲目女性を担い手とする口寄せ(死者の呼び寄せ)・加持祈祷・卜占などの「巫業(ふぎょう)」の担い手である。
※PDF資料⇒山形県における「オナカマ」巫女・霊能者の包括的調査
文化財制度上は「村山地方のオナカマ習俗」として1978年に「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択され、同習俗に関連する用具群(951点)が1984年に「岩谷十八夜観音庶民信仰資料」として国の重要有形民俗文化財に指定された。
いずれも公的記述が「盲目の巫女」「口寄せ・加持祈祷・卜占」を中核要素として明示する。
オナカマの宗教的中枢として最も強く資料的に裏づけられるのは、中山町の岩谷十八夜観音(天台宗日月寺の奥の院とされる)である。ここには、神降ろし・託宣に用いる「トドサマ」、死霊をおろす「梓弓」、祈祷・卜占の「数珠」、卜占の「筮竹・算木」等が体系的に集成され、さらに絵馬・鏡・祈願札等の奉納物を通じて、眼病平癒・巫女守護・十八夜信仰が重層的に展開してきたことが、物証により確認できる。
呼称は県内でも一様ではなく、青森県立郷土館紀要の研究では「山形県内では、普通、庄内地方はミコ、最上・村山地方はオナカマ、置賜地方はワカ」と整理されている。したがって「オナカマ」は県全域の一般名ではなく、特定地域に強い偏りを持つ呼称である。
近現代の最大の論点は「衰滅(ほぼ消滅)過程」と「記録化・博物館化」である。文化庁の解説は選択当時すでに「現在衰滅にひんしている」とし、入巫・成巫過程や唱え言の記録必要性を強調する。
民間誌は「1995年まで活動した最後のオナカマ」など個別担い手の終焉を報じるが、これは公的台帳と異なる証拠系列(取材・写真提供・口承)に基づくため、厳密には「未確定(公的追認なし)」として扱うのが妥当である。
語源(語の成立史)について、信頼できる一次・準一次資料で「決定的説明」は確認できない。一方で、明治期文献では「この地方にてミコをオナカマという」との用例があり、少なくとも近代初頭には「オナカマ=巫女(民間巫者)」として地域語彙に存在したことは裏づけられる。
調査範囲と資料状況
本調査は、山形県内の「オナカマ」を、民俗学・文化財行政が想定する「民間巫者(口寄せ・祈祷・卜占の担い手)」として扱い、(1)公的文化財記述、(2)地方自治体の地域史・郷土研究会報、(3)学術機関(大学・博物館)による研究記述、(4)地方誌・新聞・映像資料、を優先順位の上位に置いて整理した。公的記述は内容の定義・所蔵点数・用具の機能について最も再現性の高い基盤を提供する。
一方で、オナカマの核心(入巫・成巫の具体的手順、唱え言の全文、個人の生活史、地域ごとの流派差)に関しては、文化庁自身が「その入巫・成巫の過程をはじめ、巫業や唱え言などの習俗について…記録を作成する必要がある」と述べており、行政的にも「記録化が追いついていない領域」がある。
学術研究としては、民俗学者による専著や論文が存在するが、国立国会図書館等の所蔵情報から存在確認できても、本文閲覧がオンラインで完結しない例がある(館内限定等)。したがって本報告では、オンラインで検証可能な公的記述・自治体資料・大学公開コンテンツを中核に、所蔵情報で補助線を引く構成を採る。
定義と呼称
文化財制度の定義では、村山地方のオナカマ習俗は「中山町の岩谷観音を本山として栄えた、オナカマと呼ばれる盲目の巫女たちによる、口寄せ・加持祈祷・卜占などを業」とされる。ここで重要なのは、(a)盲目女性、(b)職能=口寄せ・祈祷・占術、(c)本山=岩谷観音、の三点が同時に提示される点である。
呼称は県内でも地域差があり、青森県立郷土館紀要の研究は「山形県内では、普通、庄内地方はミコ、最上・村山地方はオナカマ、置賜地方はワカ」と記す。この整理に従うと、同一職能(口寄せ巫者)が地域により名称を変え、山形県内でも「オナカマ」が主に村山・最上に偏在することになる。
近代文献上、「オナカマ」が「巫女一般」の地域語として現れる例がある。井上円了の旅行記的記述には、最上郡の小国郷で疫病流行時に家々が貼った「吉三は居らぬ」の札について、「この地方にてミコをオナカマという由」と説明され、オナカマが禁厭(まじない)の方法を教える場面が記録されている。これは「オナカマ=(少なくとも当該地域では)ミコ」とする用例で、後世の「盲目口寄せ巫女」像との連続/収斂(意味の狭まり)を検討する出発点になる。
また、井上円了の別テキストでは「巫女はその地方地方により…東北にてはエタコともオワカともオナカマともいい」と、東北の巫者呼称の一つとしてオナカマが列挙される。これは、少なくとも近代初頭の知識人が「東北の巫者一般の呼称群」の中にオナカマを位置づけていたことを示す。
表記はカタカナ(オナカマ)・ひらがな(おなかま)が併用される。学術・行政・博物館文脈では、同音の一般語や俗用と衝突しやすいため、固有職能としての区別を意識してカタカナ表記が採られる傾向がある(例:文化財解説、自治体広報、大学公開資料)。
語源については、確実な一次根拠に基づく説明を確認できないため未確定とする。ただし同音の「同じ釜(かま)の飯を食う」という慣用句が一般に流通しており(「他人同士ではあるが、いっしょに暮らして苦楽をともにする」)、ウェブ検索・口頭伝達では混同が起きやすい。民俗職能としての「オナカマ」を論じる際は、(1)地域(村山・最上等)、(2)職能(口寄せ・祈祷・占術)、(3)中枢霊場(岩谷十八夜観音)をセットで提示しないと、語の同音衝突が実務上のリスクになる。1
歴史的変遷
オナカマの「起源」を論じる際は、(A)岩谷十八夜観音という聖地の形成史、(B)盲目巫者(口寄せ・託宣)の職能史、(C)「オナカマ」という呼称史、を切り分けないと誤る。現に、岩谷十八夜観音の縁起自体は飛鳥期開基などの伝承を持つが「定かではない」と自治体が明示しており、寺社縁起をそのまま職能起源に接続するのは論理飛躍になる。
聖地形成については、岩谷十八夜観音堂(天台宗日月寺の奥の院とされる)周辺に、修行とみられる洞穴や中世の宝篋印塔が存在することが、物証レベルで示される。これは「中世まで遡る修験・山岳信仰的環境」を示すが、直ちに「中世にオナカマがいた」とは言えない(未確定)。
一方、近世以降の庶民信仰の展開は奉納物の年紀から追える。文化庁の詳細解説は、岩谷十八夜観音に奉納された絵馬について「宝暦5年(1755)銘のものが最も古い」とし、眼病平癒祈願の絵馬・参詣図柄の絵馬が多いこと、鏡・祈願札などが奉納されていることを述べる。これは18世紀半ばには、岩谷十八夜観音を中心にした庶民信仰が具体的な物質文化として成立していたことを意味する。
呼称史の面では、前節のとおり明治期に「ミコをオナカマという」用例がある。さらに同時代の国家・知識人側は、巫者を「迷信」「無教育の婦人」「ヒステリー」等の語彙で説明・批判する傾向を持ち、こうした認識は社会的正当性を削りうる。
制度史上の転機は1978年の民俗文化財選択と1984年の重要有形民俗文化財指定である。1978年に「村山地方のオナカマ習俗」が選択され、2006年に記録集『巫女の習俗Ⅵ(東北地方・山形県)』(無形の民俗文化財記録第50集)として記録作成が行われた。1984年には関連用具群が「岩谷十八夜観音庶民信仰資料」として指定され、点数・内訳が公表されている。
近現代の担い手について、民間誌は「1995年まで中山町を拠点に活躍した最後のオナカマ」として個人名を挙げるが、公的台帳に「最後の担い手」として登録されているわけではないため、本報告では「未確定(取材記事に基づく)」として扱う。
時代別変遷
・中世(鎌倉〜室町)
岩谷十八夜観音周辺に洞穴や宝篋印塔が残る。山岳修行・修験的活動が行われていた可能性が高い。ただし、この段階で「オナカマ」という名称や制度的存在は未確認。宗教的土壌のみが推定される。
・18世紀中葉(1755年)
宝暦5年銘の絵馬が確認される。眼病平癒祈願や参詣図が多数。庶民信仰が具体的資料として可視化される時期。巫者的実践と結びつく信仰圏の成立がうかがえる。
・明治期
「この地方にてミコをオナカマという」との用例が出現。疫病流行時の禁厭札に関する記録に確認。「エタコ」「オワカ」「オナカマ」など巫者呼称が並列される。名称としての実在が文献上で明確化。
・1873年(明治6年)
教部省布令「梓巫子憑依祈祷等厳禁」。憑依祈祷などが統制対象となる。近代国家の宗教政策の中で、巫俗は監視・規制の枠内へ。
・1978年
「村山地方のオナカマ習俗」が、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択。実践主体から文化的対象へと評価軸が転換。
・1984年
関連用具951点が「岩谷十八夜観音庶民信仰資料」として国指定。具体的物証が文化財として制度的に固定化。
・2006年
記録集『巫女の習俗Ⅵ(東北地方・山形県)』刊行。体系的調査成果がまとめられ、学術的整理が進む。
・2020年代
自治体展示、郷土研究、大学公開資料、地方誌、新聞報道などで再評価が進行。例祭は観光イベントとして紹介される。宗教実践から「地域文化資源」への再編が進む。
社会的役割と宗教的背景
オナカマの社会的役割は、文化財記述上「口寄せ・加持祈祷・卜占」が明示される。これは単なる「死者の霊媒」に限定されず、相談・調停・治病祈願・占断など、村落共同体の紛争処理や不安処理に関与しうる複合職能である(ただし具体的な案件類型や手続きは記録の不足が残る)。
岩谷十八夜観音との関係は、物質文化の集積から「制度的に強い結節点」と言える。文化庁の詳細解説は、岩谷十八夜観音が「巫女の守護神、眼病の神として信仰されてきた」こと、またオナカマの巫具・奉納物が体系的に集成されることを述べる。さらに、用具は死後に観音堂へ納められる場合や師弟間で譲渡される場合があったとされ、オナカマ集団と霊場の間に「循環(授与→使用→返納)」の制度があったことが推定される。
宗教的背景は、神道/仏教/民間信仰/修験(山伏)的実践が混淆した「民間宗教複合」として捉えるのが整合的である。岩谷十八夜観音は天台宗日月寺の奥の院とされ、洞穴や宝篋印塔など山岳修行環境が言及される。例祭では護摩・火渡りが行われ、修験的要素が前景化する。
比較の観点では、オナカマは東北の盲目巫者(津軽のイタコ、南部のオガミサマ等)と同系統の職能群に位置づけられている。文化庁の解説自体が、トドサマを「津軽・南部地方のオシラサマにあたる」とし、東北民間信仰の枠内で理解すべき対象であることを明示する。
また、県内呼称差(庄内=ミコ、最上・村山=オナカマ、置賜=ワカ)は「同系統職能のローカル名変種」を示し、地域境界(方言圏・信仰圏・修験圏)と連動している可能性が高い。
儀礼・技法と道具
オナカマの儀礼・技法は、資料的には「道具(巫具)の機能記述」から復元するのが最も堅い。文化庁の詳細解説は、オナカマが実際に使用してきたものとして、トドサマ(神おろし・託宣)、梓弓(死霊をおろし口寄せ)、数珠(祈祷・卜占)、剣(祈祷)、筮竹・算木(卜占)、外法箱(用具収納)を列挙する。
トドサマは本件の識別性が高い巫具である。大学公開資料では「竹でできた心棒に絹などの布を被せた2本1対の執物」で、主に託宣(神オロシ)を聞く際に用いられ、岩谷十八夜観音の堂内から多数見つかったとされる。
文化庁解説では、地域的特色として「真綿をくくりつけ」「紅花染めの絹布を着せ」「全体的に着ぶくれしている」点が挙げられ、単なる道具ではなく「依り代(よりしろ)としての造形」が重視されていたことがうかがえる。
入巫・成巫(なる巫女になる過程)は、文化庁が「記録を作成する必要がある」と明言している領域で、手順の標準形は行政記述だけでは復元しきれない。 一方、大学公開資料は「神ツケ」という成巫儀礼を挙げ、御幣(幣束)が最初に神を宿す重要な執物であり、布で包む形式が霊験増幅のため尊重された、という仮説を提示する(ただし「仮説に過ぎない」と同資料自身が明記しており、一般化は禁物)。
巫具の循環(返納)も重要である。文化庁詳細解説は、用具が「使用するオナカマが亡くなると酒一升を添えて岩谷十八夜観音堂に納められたり、師匠から弟子に譲り渡されることも」あったとし、用具が単なる私物でなく、霊場・師弟制・死後儀礼に組み込まれていたことを示す。
以上を踏まえると、オナカマの巫業は「憑依(神・死者)→道具操作→託宣/口寄せ→祈祷・占断→奉納・返納」という循環構造を持つ可能性が高い。

儀礼・道具一覧
・トドサマ
用途:神おろし・託宣の際に使用する依り代的巫具
・梓弓(アズサユミ)
用途:死霊をおろし、口寄せを行うために使用
・数珠(ジュズ)
用途:祈祷・卜占用。イラタカ数珠は牙・骨・貝殻・古銭などを挟む例が示される
・筮竹・算木
用途:卜占用具
・剣
用途:祈祷用
・外法箱
用途:諸用具を収め、巫業の実際に使用
・絵馬
用途:眼病平癒祈願、参詣図柄など。最古年紀は宝暦5年(1755)とされる
・鏡
用途:岩谷十八夜観音への奉納物として多数確認される
・祈願札
用途:眼病平癒を具体的に明記するものが多いとされる
・鰐口・鈴
用途:奉納物として点数が示される
・御祓い用木製斧・木彫鬼面等
用途:「庶民信仰資料」群の構成要素として列挙される
・御幣(幣束)
用途:成巫の「神ツケ」で初めて神を宿す執物とする仮説があるが未確定とされる
事例・口承と近現代の変化
事例収集は「地理的偏り」を前提にする必要がある。県内でも庄内=ミコ、最上・村山=オナカマ、置賜=ワカという呼称差が報告されており、同じ県内で「オナカマ」と呼ばれない地域は、同職能が存在しても別名で記録される可能性が高い。
中山町の岩谷十八夜観音は、公的文化財記述・自治体ページ・郷土研究会報の三系列で同方向に補強されるため、最重要ケースである。自治体ページは、岩谷十八夜観音が「オナカマ(口寄せ巫女)の本山」とされ、951点の用具類が指定文化財として歴史民俗資料館で閲覧できることを述べる。
郷土研究会報も、観音堂が眼病に霊験あらたかで「目の見えない神寄せ神子『オナカマ』の心のよどころ」であり、巫業を終えたオナカマが道具類を納めたという枠組みで語る。
口承性が強いが記録価値があるのは、近代知識人(井上円了)が現地で収集した禁厭の語りである。疫病流行時に「吉三は居らぬ」と張り紙をすれば霊障を防げる、餅三合を一度に食べれば病を免れる、というオナカマ由来の言説が記録され、当時の生活世界で巫者が「災厄解釈と対処法の供給者」だったことが見える。
近現代の変化は、(1)国家による統制、(2)社会的正当性の低下、(3)医療・福祉・交通・情報の近代化、(4)担い手条件(盲目女性・師弟制)そのものの縮小、が複合した結果として理解すべきである。直接に確認できる統制として、明治6年(1873)の教部省布令「梓巫子憑依祈祷等厳禁」への言及が研究論文内に存在し、少なくとも近代国家が憑依祈祷を問題化した文脈がうかがえる。
社会的正当性の低下は、井上円了がオナカマの禁厭を「迷信」と断じる記述にも現れている。
現代の「継承」は、実践継承よりも「展示・記録・映像」の比重が高い。地方紙の紙面では、町内の「ふるさと映像残し隊」が口寄せの映像や道具紹介を含む作品を制作し、町立施設で視聴できる旨が報じられている。
町の広報紙も、怪談イベントの文脈で「オナカマ=死者との口寄せや神との通信などの力をもっていたとされる巫女」と注釈し、「既に過去の文化要素」として説明している。
観光化については、県公式観光情報サイトが岩谷十八夜観音例祭を「イベント」として掲出し、「火渡りの儀式」に言及しているため、少なくとも例祭は観光情報として流通している。一方で、庄内のモリ供養(三森山)の事例報告は「全く観光化していない」と明言しており、信仰行事のすべてが一様に観光資源化するわけではない。
現在の実践者の有無について、文化庁解説は選択当時に「衰滅にひんしている」と述べるが、「現存数」や「現役の氏名」を確定する情報は提示していない。民間誌は「最後のオナカマ」を具体的に報じるものの、公的検証可能な再調査(名簿・聞き書き・映像証拠の公開)と接続されていないため、本報告では結論を保留し「未確定」とする。
地域別事例一覧
・中山町(岩谷〜長崎)
岩谷十八夜観音が「本山」とされ、巫具・絵馬等951点が文化財指定。取材記事では「最後のオナカマ」や1980年頃の神事写真に言及されるが、一部は未確定情報を含む。
・鶴岡市清水(三森山)
盆明けのモリ供養において、かつては死者の欲しいものを「オナカマ(北東北のイタコにあたる)を通して聞き出して持参した」と伝えられる。
・新庄周辺(最上郡の小国郷)
疫病流行時の禁厭札「吉三は居らぬ」をめぐる記録に「この地方にてミコをオナカマという」との用例が見え、オナカマがまじないを教えたとされる。
・県内広報文脈(中山町広報)
現代の町広報が注釈として「オナカマ=死者との口寄せや神との通信などの力をもっていたとされる巫女」と過去形で説明している。
学術研究・主要文献と用語索引
学術研究の中核は、(1)文化庁による無形民俗の記録事業(『巫女の習俗Ⅵ(東北地方・山形県)』)、(2)民俗学者による専著・論文、(3)大学の地域研究・物質文化研究、の三系列に整理できる。文化庁は「入巫・成巫の過程」「巫業や唱え言」まで含む記録作成の必要を明示し、実践が衰滅に向かう中で「検証可能な一次記録」を残すこと自体を政策課題としている。
主要研究者としては、山形のオナカマ研究に関する文献が複数の目録で確認できる。国立国会図書館の書誌情報には「山形県のオナカマ」と題する論文(櫻井徳太郎、1969年)が登録されている(ただし本文のオンライン検証は未了)。
また、烏兎沼宏之(うとぬまひろし)による一般向け書籍『霊をよぶ人たち』が国立国会図書館の書誌情報で確認でき、オナカマを扱う児童書として位置づけられている。
同著者の専門的専著『村巫女オナカマの研究』もCiNii Booksで書誌確認できるが、こちらも本文のオンライン検証は別途要する。
近年の公開情報としては、東北芸術工科大学の卒業研究公開ページが、トドサマの形態・用途・成巫儀礼(神ツケ)に関する仮説を提示しており、物質文化(モノ)から巫業(コト)に接近する研究戦略が示されている(ただし卒業研究であり、結論一般化は慎重であるべき)。
用語索引
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口寄せ:死者などの霊を呼び出し、語らせるとされる技法。オナカマ習俗の中核職能として公的記述に含まれる。
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加持祈祷:祈祷による加護・治病などを目的とする実践。オナカマの業の一部として公的記述に明記される
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卜占:筮竹・算木等を用いる占断。オナカマの業として明記され、用具群も指定資料に含まれる。
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入巫・成巫:巫者として立つ過程。文化庁は記録化の必要性を明示するが、標準手順の確定は未確定。
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神ツケ(神つけ):成巫の儀礼名として大学公開資料が言及。御幣が初めて神を宿すという仮説が提示される(未確定)。
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十八夜信仰/十八夜観音:18日縁日・眼病平癒などと結びつく信仰複合。奉納物・祈願札・観音信仰資料から推定される。
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トドサマ:神おろし・託宣の際の巫具。2本1対の執物とする説明がある。資料点数のカウントは出典で差があり未確定(37点/61体)。
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梓弓:死霊をおろし口寄せに用いる巫具。
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イラタカ数珠:呪術性の高い数珠として説明され、牙・骨・貝殻・古銭等を挟む例が提示される。
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筮竹・算木:卜占用具。
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外法箱:巫具収納箱。
参考資料
文化庁 国指定文化財等データベース(村山地方のオナカマ習俗)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/312/229
文化庁 国指定文化財等データベース(岩谷十八夜観音庶民信仰資料)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/301/29
文化遺産オンライン(岩谷十八夜観音庶民信仰資料)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136144
文化遺産オンライン(村山地方のオナカマ習俗)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136564
中山町公式(岩谷十八夜観音の信仰)
https://www.town.nakayama.yamagata.jp/soshiki/kyoikuiinkai/shougaigakushuu/341.html
山形県 文化財データベース(岩谷十八夜観音庶民信仰資料)
https://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?id=1110&m=detail
青森県立郷土館研究紀要(北川達男 2011「イタコ『地獄さがし』」PDF)
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-kyodokan/files/2011-0418-1146.pdf
東北芸術工科大学 卒業/修了研究・制作展(髙橋愛未 2021)
https://www.tuad.ac.jp/g_document/works/2021/2666/
中山町郷土研究会報「なかやま探訪 No.93」(PDF)
https://www.gakushubunka.jp/yugakukan/wp-content/uploads/2021/01/e0892a721210800c87593d13d7900d49.pdf
山形県観光情報ポータル(岩谷十八夜観音例祭)
https://yamagatakanko.com/festivals/detail_3234.html
山形新聞(2024年11月19日朝刊 12面の複製PDF)
https://www.ishikawa-kensetu-sangyo.co.jp/cms-wp/wp-content/uploads/2025/02/shinbun25-2.pdf
井上円了哲学センター(南船北馬集、真怪)
https://sites.google.com/toyo.jp/enryo-textdb/no15/1
https://sites.google.com/toyo.jp/enryo-textdb/no20/3
gatta!web(オナカマ記事)
https://www.okaze-gatta.jp/area/area_03/困りごと、揉めごとがあったら、オナカマを頼る/
風景計画研究推進委員会(端山信仰・三森山モリ供養・オナカマ言及 PDF)
https://landscape-rp.jila-zouen.org/wp-content/uploads/2019/05/landscape-planning-research-04.pdf