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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026 オリジナル作品

三度目の拍手 iwa+

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これは、映像制作を生業にしている知人から聞いた話だ。

彼の同僚に、三十代半ばの編集担当者がいた。几帳面で、締切を破ったことがないことで知られていた男だ。普段は二人一組で現場に入るのだが、その案件だけは人手が足りず、彼は単独で地方の市民ホールに派遣された。

内容は、ある音楽団体の定期公演の収録。難易度の高い仕事ではない。固定カメラ数台と、舞台袖からの補助撮影。淡々と撮れば済むはずだった。

公演は平日の昼間。客席の入りもほどほどで、天候も安定していたという。午前のリハーサルは滞りなく終わり、本番も前半までは何の問題もなかった。

異変に気づいたのは、休憩を挟んだ後半に入ってからだった。

彼は客席後方の調整卓で音声レベルを監視していた。客席はほぼ満席。拍手の波形も、ざわめきの質も、自然な範囲に収まっている。

だが、ある曲が終わった直後、波形モニターに不自然な山が立った。

拍手は二度、明確な山を描いた。演奏の余韻に対する通常の反応だ。しかし、その直後に、間を置いてもう一度、揃い過ぎた山が立った。

客席を見渡す。観客は既に静まり、舞台上の指揮者も次の曲に備えている。誰も手を叩いていない。

だが、モニターには三度目の拍手が記録されていた。

機材の誤作動を疑い、彼はヘッドホンで生音を確認した。確かに聞こえる。乾いた音が、左右均等に配置され、まるで中央通路から広がるように響いている。

気のせいだ、と彼は自分に言い聞かせた。ホールは古い。反響が奇妙に残ることもあるだろう。

ところが、その後も同じ現象が続いた。曲が終わるたび、観客の二度の拍手のあと、誰も叩いていないはずの三度目が、必ず混じる。

しかもその三度目は、他よりもわずかに早い。

まるで、次の動きを急かすように。

終演後、彼は録音データを確認した。波形は明瞭で、編集で消せる類のノイズではない。規則的に、二山の後に一山が続いている。

帰り際、舞台袖で楽団の関係者にそれとなく尋ねた。

「三回手を叩く慣習って、ありましたっけ」

相手は首をかしげた。「うちは昔から二回だよ。三回は縁起が悪いって言う人もいるしね」

それ以上は聞かなかった。

その夜、彼は自宅で最終確認のために映像を再生した。画面には客席が映っている。観客は二度、確かに手を叩いている。三度目の拍手が鳴る瞬間、誰の手も動いていない。

ただ一箇所、中央通路の中ほど。空席になっているはずの列で、何かがわずかに揺れたように見えた。

翌日以降、奇妙なことが起き始めた。

編集室で作業中、背後から短い拍手が聞こえる。電話越しにクライアントと話していると、「今、誰か叩きました?」と問われる。無人の部屋で、三回目だけが鳴る。

さらに、外出先でも同じことが起きた。カフェで一人でいると、店員が「お連れ様は後からですか」と確認してくる。水はなぜか三つ置かれる。

彼の後方、肩越しに、誰かが立っているように見えたという証言も出始めた。いずれも、彼自身には見えていない。

三度目の拍手は、いつも彼の少し前で鳴る。

ある休日、彼は同僚と小規模な発表会の撮影に出た。平坦な会場で、危険は何もない。午前中で終わる簡単な仕事だった。

最終曲が終わり、観客が二度手を叩いた。

その瞬間、彼はカメラを放り出し、客席通路へ走り出したという。

同僚は、冗談かと思ったらしい。だが彼は迷いなく一直線に進み、空席の前で立ち止まると、何もない空間に向かって両手を広げた。

そして、三度目の拍手が鳴る直前に、自分の手を打ち合わせた。

乾いた音が、会場に響いた。

次の瞬間、彼はその場に崩れ落ちた。外傷はなかった。呼吸も鼓動も、静かに止まっていた。

医師は急性の発作と説明した。事故ではない。自ら倒れただけだと。

だが不可解なのは、彼の両手だった。強く打ちつけた痕跡はなく、指先はわずかに反り返り、まるで次の動作を待つかのように揃っていたという。

録音には、確かに三度目の拍手が残っている。

二度の観客の音。その直後、ほんのわずかに早い、もう一つの音。

「二回より三回のほうがいい」

そう聞こえた、と言う者もいる。

だが、その意味を説明できる者はいない。

三度目は、誰の手で打たれたのか。

そして、なぜ彼は、そこへ合わせようとしたのか。

[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]

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