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障子の呼吸《月うさぎ7》 iwa+

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なんか、最近、自分が変なんです。

変、って言い方も変で、本当はずっと前からだったのかもしれないけど、気づいたのが最近というだけで。頭の中が、薄い膜みたいなもので包まれている感じがします。外の音も、家族の声も、少し遅れて届くみたいで。だから、ここに書きます。書いている間だけ、ちゃんと自分の輪郭がある気がするからです。

うちには和室があります。おばあちゃんが死ぬまで使っていた部屋です。畳は少し沈んでいて、押し入れの襖には黄ばんだ指の跡がいくつも残っています。その部屋の南側に、庭へ向いた障子があります。昔は白くて、ただの紙でした。光をやわらかく通す、きれいな紙でした。

でも、ここ最近、その白さが違うんです。白なのに、白じゃない。骨みたいな色。乾いた皮膚みたいな色。夜になると、その向こうに、薄い影が浮きます。庭は狭いし、外灯もありません。木も一本だけで、風がなければ枝は動きません。それなのに、影はゆらゆら動きます。

ゆっくり。

呼吸みたいに。

最初は、目の錯覚だと思いました。私はそういうの、あるから。考えすぎて、見えないものを見た気になること。でも、風のない日でも動きます。曇りの日でも、月のない夜でも、動きます。紙の向こう側で、何かが息をしているみたいに。

昨日、思いきって障子に近づきました。指一本分くらいの距離まで顔を寄せました。すると、紙の表面が、ほんの少し波打っていました。内側から、押されているみたいでした。細長い跡が、何本も浮かびました。指の形に似ていました。細くて、関節の位置まで分かるくらい、くっきりと。

私は触っていません。触る勇気なんてありません。でも、向こうから触られている感じがしました。紙越しに、冷たい感触が、指先から腕へ上がってくる感じがしました。

そのとき、廊下から父の声がしました。

「何してる」

振り向くと、父が立っていました。いつものパジャマ姿で、腕を組んで。でも、目が違いました。やさしい目じゃなくて、確かめるみたいな、検査するみたいな目でした。

「また数えてるのか」

そう言いました。

私は何も言っていません。数えていません。数えていない、はずです。でも、父は知っているみたいに言いました。何を数えているのかも言わないで。

それから、母も変です。私の部屋に勝手に入ります。机の引き出しが少しずれていたり、ノートの順番が違っていたりします。この掲示板のこと、知られている気がします。パソコンの履歴も、消したはずなのに、どこか見られている気がします。

夜、両親は小さい声で話しています。

「まだ様子見るか」
「刺激しないほうがいい」

刺激って、何ですか。私は何か爆弾みたいなものなんですか。触ると危ないものなんですか。

障子の前に立っていると、向こう側から、トン、と叩かれます。一回。間をあけて、もう一回。リズムが心臓みたいです。私の鼓動と、少しだけずれているのが気持ち悪いです。合わせようとすると、向こうも少し速くなります。からかわれているみたいに。

今日、障子に小さい丸い染みができました。黒っぽくて、じわっと広がっています。前にも見た形です。丸。きれいな丸。数えません。数えませんけど、増えているのは分かります。見なくても分かるんです。背中で分かります。

父が、障子を張り替えると言いました。

「古いからな」

そう言って、業者に電話していました。でも、昨日まで何も言っていなかったのに。急に。まるで、急がなければならないみたいに。

もしかして、父にも見えているんでしょうか。それとも、父は向こう側と話がついているんでしょうか。

さっき、母が障子の前に立って、小さく何か言いました。聞き取れませんでした。でも、お願いみたいな声でした。謝っているようにも聞こえました。私の名前を呼んだ気もします。

どっち側に向かって言ったんでしょうか。

私にですか。それとも、向こうにですか。

さっき、思い出しました。小さいころ、私、丸をたくさん描くのが好きでした。紙いっぱいに、丸。丸。丸。止められても描いていました。父が「もうやめろ」と言って、ノートを取り上げました。あのとき、私は泣きながら、数えていました。何を数えていたのか、今は思い出せません。

もしかして、あのときから、向こうはあったんでしょうか。

障子は境目です。内と外。家族と他人。生きている側と、そうでない側。私はずっと、こっち側だと思っていました。家族と同じ側にいると。

でも最近、分からなくなってきました。父の目も、母の声も、どこか遠いです。障子の向こうの呼吸のほうが、近い気がします。私の鼓動に合わせようとする、あのリズムのほうが。

もし張り替えられたら、どうなるんでしょうか。白い紙が新しくなったら、向こうは消えるんでしょうか。それとも、もっとはっきりするんでしょうか。

今、障子の前に座っています。染みは五つになりました。数えていません。たまたま目に入っただけです。

トン。

トン。

今度は三回目です。

父の足音が近づいてきます。廊下の軋む音。

どちらが、こちら側なんでしょうか。

もし明日、障子がきれいになっていたら、そのとき、私はどこに立っているんでしょうか。

紙のこちらか。

それとも。

もう、数えなくても分かる場所か。

[出典:517 :月うさぎ ◆x7J8mY2Q:2004/07/02(金) 22:36:14 ID:Hu5mWxQr]

[投稿者:志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]

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