担任のことを書きます。書かないほうがいいのかもしれません。でも、たぶん、書かないほうがよくない気がします。
うちの担任は国語の先生です。三十代くらいの女の先生で、静かな人です。怒鳴ったりはしません。声も小さいです。だから余計に、教室が静かになります。
先生は黒板に字を書くとき、同じところを何度もなぞります。消して、また書いて、少し離れて見て、それでも気に入らないみたいで、またなぞります。丸をつけるときも、ゆっくり二回なぞります。丸の線が少し太くなります。
ある日、私が教科書を読まされました。声がうまく出ませんでした。読み終わったあと、先生が言いました。
「ちゃんと、増えてるね」
小さな声でした。私だけに聞こえる距離でした。
何がですかとは聞けませんでした。先生は黒板に向き直って、文の終わりに句点を打ちました。そのあと、もう一つ打ちました。丸が二つ並びました。誰も指摘しませんでした。先生も消しませんでした。
放課後、職員室に行ったとき、先生の机のノートが開いていました。中に丸がたくさん描いてありました。大きさはばらばらで、重なっているものもありました。丸と丸のあいだに、小さな字で書いてありました。
「見る人が、増える」
「見られる人も、増える」
その下に、クラスの出席番号が並んでいました。私の番号の横に、小さな丸がありました。線がまだ濃くて、新しい感じがしました。
後ろから声がしました。
「勝手に見ちゃだめだよ」
振り向くと先生が立っていました。怒っていませんでした。保健室の先生みたいな声でした。
「心配しなくていいから」
「ちゃんと、学校の中だけだから」
何がなのか、聞けませんでした。先生の目が少し光って見えました。涙みたいでした。でも、まばたきすると普通の目でした。
帰り道、校門の前で呼び止められました。
「最近、植物の世話してる?」
していませんと答えました。先生は少し考えてから言いました。
「枯らすと、増えないから」
その意味も聞けませんでした。
家に帰って教科書を開くと、今日読んだページの余白に丸がありました。鉛筆の跡です。消しゴムでこすっても、うっすら残ります。紙の奥に沈んでいるみたいです。
次の日、クラスの人数を数えました。三十人のはずなのに、三十一人いる感じがしました。ちゃんと席はあります。名簿にも名前があります。出席番号もあります。でも、その子のことを誰も話しません。
先生だけは、きちんと名前を呼びます。
呼ばれるとき、その席のあたりの空気が少し重くなります。風が止まったみたいになります。私は見ないようにしています。前だけ見ています。
でも、前を向いているときのほうが、背中に視線が増える気がします。
今日、もう一度数えました。三十二人いました。
名簿は変わっていません。先生は何も言いません。ただ、黒板に句点を打ちます。丸が増えます。
もし、あなたも数えたなら。
あなたのほうにも、丸はついているかもしれません。
[出典:472 :月うさぎ ◆x7J8mY2Q:2004/04/19(月) 22:04:37 ID:Wr9nTxQm]
[投稿者:志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]