短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

おばけ煙突は煙を出さない nc+

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『おばけ煙突』と呼ばれる煙突がある。

おばけ煙突といえば、かつて大都会のど真ん中に立っていた四本煙突のあれが有名だが、ここでいうおばけ煙突は、辺鄙な田舎町のはずれ、小高い丘の上に一本だけ残された白い煙突のことだ。

もともとはコンクリート工場だった。廃業に伴い主要な建物はすべて壊されたが、なぜか煙突だけが残された。取り壊しの際に色々あったらしい。重機に乗っていた作業員が次々に体調を崩した、事故で一人亡くなった、工事監督が行方不明になった。真偽は定かではないが、とにかく縁起が悪い。
廃棄物と一緒に燃やされ、コンクリートに混ぜられた人間の霊が出るだとか、煙突から真っ赤な煙が立ち上っただとか、噂だけはやたら多い。

工場がなくなった今、丘の上に残った一本の煙突は、そうした噂を一身に集め、立派な心霊スポットになっていた。

というわけで、見に行くことにした。

朝方、愛車のカブに跨り、大学近くのぼろアパートを出た。県をまたぐ遠出だが、空はよく晴れ、風も軽い。途中で昼を済ませ、町に着いたのは午後二時頃だった。
背の高い建物はほとんどなく、街並みの向こう、こんもりとした丘の上に、一本の煙突が突き刺さっている。おばけ煙突というより、町を見下ろす監視塔のようだ。

緩く曲がる坂道を登り、工場跡の門まで来た。門扉は半壊し、開いたままになっている。「私有地につき立ち入り禁止」という張り紙が風に揺れていた。
カブに乗ったまま外から覗くと、煙突以外の建物はきれいに撤去され、丘一面が不自然なほど広く空いている。煙突だけが残されていることが、改めて妙に思えた。

近くで見る煙突は、遠目よりもくすんでいる。下部の建屋には色とりどりの落書きがあり、屋根に上ったらしい跡もあって、煙突そのものにもペンキが散っていた。
単独で心霊スポットを巡る身として、落書きは雰囲気を壊すだけだと思っているが、この煙突に限っては、白一色では心許なくなったのか、必死に自己主張しているようにも見えた。

中に入るか迷ったが、真昼から堂々と不法侵入する気にもなれず、いったん町に戻り、夕方に出直すことにした。

公園のベンチで休んでいると、丘の上の煙突から、ひょろひょろと白いものが伸びているのが見えた。
煙だった。

廃されたはずの煙突の先から、細く立ち上り、空に溶けていく。
身構えたが、しばらく眺めているうちに正体が分かった。雲だ。青空の中、煙突の真上にだけ細長く伸びた雲が重なっている。遠目には、本物の白煙と区別がつかない。

期待外れだと思いながらも、雲が消える前に写真を一枚撮った。
その時、近くにいた小学校低学年くらいの子供二人が、こちらをじっと見ていた。

「おばけ煙突から、煙が出てるぞ」

それだけ言って、その場を離れた。
背後で「ホントだ」「スゲー」「コエー」と声が弾むのが聞こえたが、振り返らなかった。

夕方、再び丘へ向かった。
陽が沈みかけ、煙突は逆光で細長い影になっている。門を越えると、白い煙突が薄闇の中に、ぬぼう、と浮かび上がった。

建屋の下から真上を見上げる。
大きな煙突だ。清掃作業中の事故の噂を思い出す。落ちて怪我をした、亡くなった。何人も。

幽霊の姿は見えない。赤い煙も出ない。
ここには、決定的な話がない。小さな噂が積み重なっているだけで、実体がない。

だから、おばけ煙突。

首が痛くなり、引き上げることにした。
塀を越えて外に出ると、信号待ちの間、暗闇に浮かぶ白い煙突が、確かに背の高い何かのように見えた。

夜十一時過ぎ、アパートに戻ると、隣の部屋から家主のヨシが顔を出した。
酔っているらしい。

「また行ってきたのか」
「水をくれ」

仕方なく部屋に入れ、水を出す。
ヨシはテーブルに座り込み、今日の話を聞きたがった。

「おばけ煙突?」
「煙突は見た」
「おばけは?」
「見てない」

写真を見せると、ヨシは首をかしげた。

「煙、出てるじゃん」
「出てない」
「でも写ってる」

画面には、白い煙突の先から、細い白い筋が伸びている。
昼に撮った写真だ。

「雲だろ」
「雲って、こんなに真っ直ぐ出るか?」

ヨシはそう言って、しばらく写真を見つめていた。

「これさ」
「何だ」
「煙突が出してるんじゃなくてさ」

そこで言葉を切り、もう一度画面を指さした。

「煙突の後ろから、何かが立ってるみたいだな」

そう言われた瞬間、写真の見え方が変わった。
白い煙突の背後に、同じ色の、同じ太さの何かが重なっている。
煙ではなく、雲でもなく、形だけがそこにある。

「……そう見えるだけだ」
そう言ってデジカメを取り上げたが、もう一度見ても、元には戻らなかった。

翌朝、写真を確認すると、煙は写っていなかった。
煙突だけが、真っ青な空を背に立っている。

ただ、町の名前で検索すると、昨日行った公園の近くで、子供が一人、行方不明になっていた。

[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/06/24]

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