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中編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

副操縦士の席 nw+

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四連休を利用して、普段は億劫で手を出しもしない遠出を企てた。

集まったのは、俺とA、B、Cの四人だった。全員が免許持ちで、交代でハンドルを握る予定だった。目的地は、いくつもの県を跨いだ先にある鄙びた温泉街だ。

借りたミニバンは新しくも古くもない、ごく普通の車だった。走り出してしばらくは、安っぽいスナック菓子の匂いと他愛ない冗談で車内は満たされていた。深夜に入る頃には照明を落とし、カーナビの青白い光だけが、断続的にダッシュボードを照らしていた。

五時間近く走るうちに、会話は途切れがちになった。外は街灯もまばらで、フロントガラス越しの空は濁った紫色に沈んでいる。エアコンの風が妙に冷たく、サービスエリアで買った缶コーヒーの温もりだけが頼りだった。

後部座席で身じろぎしていたAが言った。「眠くなるし、怖い話でもしようぜ」

Bがすぐに乗った。二人は、聞き飽きた都市伝説や心霊スポットの話を順番に語り始めた。俺は助手席で相槌を打ちながら、流れていく光の筋をぼんやり眺めていた。運転しているCは、バックミラー越しにちらりとこちらを見るだけで、ほとんど口を挟まなかった。

目的地まであと少しという標識が見えた頃、それまで黙っていたCが唐突に口を開いた。

「俺からも一ついいか。今思いついた話なんだけど」

声は淡々としていて、疲労のせいか感情の起伏がほとんどなかった。俺たちは自然と耳を傾けた。

Cが語り始めたのは、幽霊でも呪いでもなかった。飛行機事故の話だった。精神的に追い詰められた操縦士が、ほんのわずかな隙にコクピットを独占し、意図的に機体を降下させた事故の話だ。

細部は語られなかった。年月日や地名も出てこない。ただ、出来事だけが順に並べられた。その無機質さが、かえって現実味を帯びていた。副操縦士が戻ってきて、閉ざされたドアを叩く場面で、車内の空気が目に見えて重くなった。

ノック。呼びかけ。返事はない。機体は静かに加速し、警告音だけが鳴り続ける。

「……でさ」

Cはそこで一拍置いた。

「もし俺が、その操縦士みたいな気分になってたらさ」

次の瞬間、Cは首だけをこちらに向けた。照明の落ちた車内で、その顔は陰影に沈み、表情が読み取れない。ただ、口元だけが不自然に持ち上がっていた。

「お前ら、どうする?」

冗談の調子だったはずなのに、声は平坦で、笑いの成分がなかった。返事を考える前に、低いエンジン音が響いた。アクセルを踏み込む音だ。身体がシートに押し付けられ、速度計の針が跳ね上がる。

「おい、冗談だろ」

誰かが言った。後部座席からも焦った声が上がる。だがCは前を向いたまま、ハンドルをしっかり握っている。視線が一度も揺れない。

スピードは明らかに出すぎていた。高速道路の緩やかなカーブが迫ってくる。ガードレールの向こうは闇だ。頭の中で、最悪の映像が勝手に組み上がっていく。

俺はハンドルに手を伸ばそうとした。その瞬間、Cの右足がふっと緩んだ。加速が止まり、エンジン音が落ち着いていく。Cは何事もなかったようにカーブを抜け、車は元の速度に戻った。

「悪い悪い」

Cは軽い調子で言った。

「反応が良かったからさ。ここまで含めて、怖い話」

後部座席から怒鳴り声と笑い声が同時に上がる。AがCの頭を軽く叩き、Bが大げさに胸を押さえた。車内は一気に騒がしくなった。

俺だけが、何も言えなかった。さっきまでの光景が、悪い冗談だったのかどうか、判断がつかなかった。

そのまま目的地に着き、温泉に入り、酒を飲んだ。Cはいつも通りで、さっきの出来事に触れることもなかった。AもBも、翌日には笑い話にしていた。

帰宅してから、俺は例の事故を調べた。Cが語った話とよく似た事故が、確かにあった。ただし、役割が違っていた。閉じこもったのは、彼が言っていた人物とは別の立場だった。

それを知った瞬間、あの夜のCの視線が、別の意味を持って蘇った。

翌日、Aからメッセージが来た。「あの事故、話の配役逆じゃなかったっけ」。Bも気づいていなかったらしい。二人にとっては、あくまで悪ノリの演出だった。

俺は返信を打たなかった。

Cがなぜ役割を入れ替えたのか、考えないようにしていたからだ。あの時、車という密室で、運転席に座っていたのは誰だったのか。命の決定権を握っていたのは誰だったのか。

考え始めると、答えは一つしか出てこない。

夜、自分の車の鍵を手に取ったとき、妙に重く感じた。エンジンをかける前、無意識にバックミラーを確認している自分に気づいた。

そこに誰も映っていないことを確かめてからでないと、アクセルに足を置く気になれなかった。

[出典:278 :本当にあった怖い名無し:2025/05/06(火) 21:50:50.43ID:3q1TP7U90]

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