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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

内鍵 ncrw+412-0121

更新日:

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今年の黄金週間、家族は二泊三日の旅行に出た。俺ひとりを家に残して。

二階建ての家は、古びているくせに無駄に広い。もとは他人の家だったものを親父が安く買い取り、最低限の補修だけで住み始めた。柱や壁には、前の住人の生活の癖が薄く染み込んだままで、拭いても落ちない手垢や、用途の分からない傷があちこちに残っている。

階段の手すりに手をかけると、乾いた木の感触の奥に、わずかな湿り気を感じることがある。誰かの手の脂が、時間を越えてまだそこにあるような、そんな錯覚だ。

トイレは一階と二階に一つずつ。俺の部屋は二階だから、普段は上のトイレしか使わない。一階のトイレは来客用で、家族が揃っているとき以外は、ほとんど使われない。

その日は学校の特別補習が長引いた。
夕方七時半を回って、ようやく校門を出る。
人気の消えた通学路を自転車で走りながら、妙に空気が重いと感じていた。湿度のせいか、疲労のせいか、そのときは区別がつかなかった。

途中で、腹の奥に鈍い違和感が走った。
最初は軽い痛みだった。だが、ペダルを踏み込むたびに、それが内側からねじれるような痛みに変わっていく。嫌な汗がこめかみを伝い、視界がわずかに歪む。

公園もコンビニもない。
立ち寄る余裕もない。
選択肢は一つしかなかった。

ペダルを限界まで踏み込む。
腹の中で、何かが押し出される感覚がはっきりと分かる。家の前に自転車を投げ出すように止め、靴を蹴飛ばし、玄関を抜け、そのまま一階のトイレへ飛び込んだ。

内鍵をかけ、便座に腰を下ろした瞬間。

ドンドン!!
ドンドン!!

鼓膜を叩くような衝撃音が、扉越しに響いた。
拳ではない。もっと平たい面で、叩きつけるような音。乾いていて、重い。

一瞬、呼吸が止まる。
驚きよりも先に、理解できないという感覚が湧いた。こんな叩き方をする人間を、俺は知らない。

音は止まらなかった。
規則的でもなく、かといって完全な乱れでもない。途中で叩き方が変わり、力の入れ具合も変わる。扉の向こうに「意図」があるのだけは分かった。

不意に、沈黙。
次の瞬間、耳元で怒鳴られたような声が響いた。

「〇×△□#$★▽~!!」

言葉ではなかった。意味を持つ以前の音だった。
それを聞いた瞬間、背骨に冷たい刃を差し込まれたような感覚が走る。全身が勝手に震え出し、頭を抱えていた。

なぜか、そのとき俺は声に出さなかった。
ただ心の中で、必死に同じ文句を繰り返していた。

ここは俺が使っている。
二階のトイレに行ってくれ。

しばらくして、音が消えた。
階段を駆け上がる足音が、はっきりと聞こえた。

気づくと、腹の痛みは跡形もなく消えていた。
俺はしばらく、便座に座ったまま動けなかった。

その晩、家には戻らなかった。
事情を話すと、友人は笑いながら泊めてくれた。冗談半分に怖がらせようとしたのだと思われたのだろう。だが翌日から、友人一家も出かける予定だという。

三日目には、どうしても家に戻らなければならなかった。

翌日の午後三時ごろ、真昼の光の中で帰宅した。
玄関先には、投げ出されたようなバッグがあった。自分のものだと分かるのに、なぜか視線を逸らした。

階段の前で立ち止まる。
二階の部屋に行かなければ、明日の補習に必要な物が取れない。

そのとき、昨日よりもはるかに強い腹痛が、唐突に襲ってきた。考える余地はなかった。反射的に一階のトイレへ向かい、ドアノブを捻る。

開かない。
内側から、鍵がかかっている。

「開けろ!」

声が勝手に出た。
誰もいるはずがないのに、扉を叩き続ける。

その音が、昨日聞いたものと、完全に同じだと気づいた瞬間、頭の中が真っ白になった。

昨日、叩いていたのは俺だったのか。
じゃあ、昨日の中にいたのは。

考えをまとめる前に、背後から視線を感じた。
階段の上から、静かに、見下ろされている気配。

全身が総毛立ち、踵を返して外へ飛び出した。
隣家のチャイムを連打し、顔を出した住人に事情も説明せず、トイレを借りた。

水を流す音が、異様に大きく聞こえた。

その家を出たあと、自分の家には戻らなかった。
ファミレスで夜を明かし、窓に映る自分の顔を見て、どうしても他人のように思えた。

三日目、家族が帰ってくる時間に合わせて家の前で待ち、起きたことを話した。
誰も信じなかった。笑いながら玄関に入っていく背中を見送って、ようやく一つのことを思い出した。

あの一階のトイレの鍵は、外からは開けられない。
中に入った人間しか、施錠も解錠もできない構造だった。

その事実が、遅れて腹の奥に沈んでいった。

[出典:900 :本当にあった怖い名無し:2005/06/08(水) 21:13:32 ID:90Cs7FxW0]

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