これは、ある田舎町に住む古い友人が語ってくれた話だ。
その町には、田中という名の独り身の老人がいた。年老いた彼の家は、小高い丘の中腹にある古風な木造家屋で、しんと静まり返った森に囲まれていた。近隣には人影もなく、夜になるとぽつりと灯る外灯が、かえって寂しさを際立たせるばかりだった。田中さんは生涯をこの家で過ごし、長年の農作業で手に負えないほど大きな畑を手ずから耕してきた。しかし、ここ数年、体の自由がきかなくなってきていた。
田中さんには一人息子がいた。健一という名の、青年期には反抗も多かったが、いつも無骨なやり方で父を支えてくれていた息子だ。けれど健一は数年前、思いがけない事件に巻き込まれて刑務所に入ることになった。父と息子が肩を並べて働くことはもうできない。自分で畑を耕すにも、重い鍬を持ち上げるたび、腰は悲鳴をあげ、膝はがくがくと震える。若いころには何でもなかった土仕事が、今ではとてつもない苦役となっていた。
春の訪れが近づき、毎年植えてきたジャガイモを、今年もまたどうにかして育てたいと田中さんは思った。しかし、自分ひとりで畑を耕すのは無理だということは、もはやわかりきっている。誰かに手伝いを頼むにしても、この寂れた土地では隣人すらほとんど見当たらない。田中さんは、ふと健一のことを思い出し、手紙を書くことにした。
「今年もジャガイモを植えたいんだが、どうにも力が出ない。お前の手を借りられたら、どんなにか助かるのに……」
数日後、刑務所にいる健一から返事が届いた。その内容は、思いもよらないものだった。
「父さん、畑を掘ってはいけない。そこに死体を埋めたんだ」
その一文を読んで、田中さんの胸は息苦しさでいっぱいになった。「死体?」だが、どこかでそれが本当であるとは思えなかった。健一がそんなことをするはずがないと、信じたい気持ちが田中さんにはあった。しかし、彼の手紙には冗談とも思えない切実さがあったのだ。心の片隅にある微かな不安を押し込めることもできず、警察に通報することを決めた。
翌日、町の警察官たちが数人、田中さんの家を訪れた。古びた畑に到着するや否や、何人もの警官が一斉にスコップを手に取り、地面を掘り起こし始めた。掘り返されていく土は黒々とした重みを感じさせ、その下に何かが埋まっているのではないかと田中さんは心臓を早鐘のように打たせながら見守っていた。
しかし、何も出てこなかった。土の下には石ころや虫がいるばかりで、死体どころか不審なものは何一つ見当たらない。掘り進むたび、田中さんの心に安堵が広がる一方で、どこか不可解な思いも湧き上がってきた。やがて警察官たちは呆れ顔でスコップを収め、「何も見つかりませんでした。お騒がせしてすみません」と、田中さんに一礼して去って行った……
その日の午後、再び健一から手紙が届いた。田中さんは封筒を震える手で開け、内容を確認すると、驚きと共に複雑な感情が心に湧き上がった。
「父さん、ジャガイモを植えるのは今だよ。俺にできることはそれしかなかったんだ……」
その一言の意味を、田中さんはじっと考え込んだ。健一は最初の手紙で「死体を埋めた」と書いたことで、警察に畑を掘らせようとしていたのだ。そうすれば、掘り起こされた畑は耕された状態になり、老人が自らの手を汚すことなく、ジャガイモを植える準備が整う。たとえ刑務所にいても、父を思う気持ちから、彼なりの知恵を巡らせて実行に移したに違いない。
田中さんは静かに目を閉じ、息子の顔を思い浮かべた。普段は無骨で言葉少なかった健一が、今は何よりも雄弁に語っているように感じた。そこには深い愛と、口に出さない優しさが隠されていたのだと。
遠くに離れた息子の愛情が、掘り返された黒々とした土の中から、田中さんの胸に染み渡るように広がっていった。
解説
この話は、一見すると単なる老人と刑務所にいる息子の間での物語に思える。しかし、その裏には息子が考え抜いたある策略が隠されている。
実は、老人の体力が衰えて畑を耕せないことを知っていた健一は、刑務所から父を助ける方法を模索していた。そして、警察に畑を掘らせるために「畑に死体を埋めた」という内容の手紙を送ったのだ。これはもちろん嘘であり、実際に死体が埋まっているわけではない。だが、警察が畑を掘り返すことで、父親は自らの手を汚さずに畑を耕すことができた。
これは単なる悪戯ではなく、離れていてもできる形で父を助けようとした息子の愛情の表現である。二人の間に言葉では表現しきれない絆があり、その絆こそが健一を突き動かした。