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名を奪うもの r+1,931-2249

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同僚の田村さんから、ある飲み会の帰り道、ぽつりと打ち明けられた話がある。

笑い話に紛れたように語られたそれは、奇妙な“名前”の話だった。

彼の家には、代々受け継がれる一風変わった掟があるのだという。男子の名は、ある特定の法則に従って付けなければならない。その法則とは、古びた帳面に記された、いわば“命名の秘儀”だ。田村さんはそれを「法則の本」と呼んでいた。

その帳面は本家にだけ存在し、表紙には何の題名も記されておらず、ただ真っ黒に煤けて、虫にでも食われたように角が欠けている。ページの中には、ぎっしりと手書きの文字が並び、筆跡はところどころ違っているらしい。それぞれの時代の“名付け人”が、追加していったのだろう。そこに記されているのは、単なる姓名判断のような軽いものではない。

画数、読みの響き、生まれた日時と方角、両親の本籍、さらに母親の祖父の誕生日まで考慮する異様な計算式。その結果、許された“名”は、毎回ほんの数文字しか残らない。まるで、名前の候補ではなく、運命として用意された一つの“通路”を選ばされるような気味の悪さがある――と、田村さんは言っていた。

奇妙なのは、その法則自体には祈祷や儀式のようなものはまったく伴わないことだ。紙と鉛筆さえあれば、誰でもその名前を割り出せる。ただし、その通りに名前を付けなかった者には、死が待っている。

田村さんの兄がその忠告を無視したのは、十数年前のことだった。
初めての息子が生まれたとき、彼は言い伝えを「迷信だ」と鼻で笑い、祖父母の懇願を振り切って、まったく法則に従わない名を届け出た。
祖母は泣きながら兄の胸倉を掴み、「名は命だよ……お願いだから、あの本を見て……」と縋ったが、兄は「時代錯誤だ」と一蹴したという。

田村さん自身は、そのとき大学で一人暮らしをしており、家族のやりとりには深く関わっていなかった。だが、五年後のある晩、突然かかってきた母からの電話の第一声は、こうだった。

「○○くんが、死んじゃったの」

兄の息子は、五歳の誕生日を迎えてから十七日後、原因不明の高熱に倒れた。抗生物質も解熱剤も効かず、意識が混濁し、最後は言葉も出なくなったという。検査をしても病名は出ず、医師は「急性脳症の可能性」と濁したが、実際には“何もわからない”のが真相だった。

田村さんが葬儀で見た祖母は、完全に壊れていた。
いつも静かに笑っていたあの人が、白髪を乱しながら「やっぱり……だから言ったのに……!」と叫び、兄の胸を拳で叩き続けた姿が、脳裏から離れない。

後日、田村さんは祖父に静かに尋ねた。「本当に、あの名前が原因だったのか」と。

祖父はしばらく黙っていたが、やがて小さな声でこう言った。
「昔もあったんだ。あの“名前の呪い”に逆らった者が……」

祖父の弟――田村さんの大叔父が家出していた時期があり、数年後、突然、三人の息子を連れて戻ってきた。妻が失踪し、育児ができなくなったからだという。三人とも年子で、名付けはすべて妻の意志で決めたものだった。つまり、法則を一切無視していた。

最初に死んだのは、長男だった。
五歳の誕生日を迎えた二週間後、高熱。意識不明。そして死。
次に、次男。同じ年の季節に、同じ症状で。
最後に、三男の誕生日が近づく頃、祖母は神社に通い詰め、数えきれない数の絵馬を奉納し、お百度参りを続けた。

だが、あの子もまた死んだ。

「何かが……取りに来るんだよ」
祖父は震える声でそう言った。
「“名”を間違えた者を、きっちり迎えに来る。こっちの世界で五つの歳を数える前に、あっちに引きずっていくんだ」

祖母は三人の幼子を一度に失ったショックで、しばらく言葉を失った。療養のために親戚の家へ預けられ、何ヶ月も記憶が混濁していたという。祖父は彼女の心の負担を減らすため、三人の遺品をすべて処分し、名前の記録も抹消した。けれど、祖母はその後も、毎年彼岸になると、三つ並んだ小さな墓に手を合わせ続けた。

田村さんは、彼自身の名もまた、その「法則の本」によって決められた一文字だという。
好きでも嫌いでもなかったその名に、かつては何の意味も見出していなかった。だが、今は時折、その名が“選ばれた”理由を考えるという。まるで、自分自身が何かから逃れるために、この名前に“庇護”されていたのではないか――そんな感覚が、時折ふと胸を掠めるのだ。

そしてこうも言っていた。
「実は、兄の子が亡くなる前、名前を変えようかという話が、一度だけ出たんです。……でも、間に合わなかった。あれはもう、何かが“見つけて”しまっていたんでしょうね」

田村さんは、静かに言葉を結んだ。

「“名”は、ただの記号じゃない。……あの本には、そういう“証拠”が、ずっと書き残されているんです。死んだ子の名前も、全部、そこに記録されてる。法則に背いた名の横には、小さく“×”が付いてる。生まれ年と、死亡年と一緒に」

その帳面の一番最後のページは、まだ空欄だという。
次に書き込まれる名が、いつ現れるのか。あるいはもう、どこかで書き込む準備が始まっているのかもしれない。

……もしあなたの名前が、何かの“法則”を犯しているとしたら?
もうすでに、“それ”は、あなたのもとへ向かっているのかもしれない。

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