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存在しなかった三人目 rw+1,924

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あの夜のことは、いまでも話すたびに喉の奥が冷える。

中学の同級生と再会した席で「怖い体験はあるか」と聞かれたとき、最初に浮かんだのがあの合コンだった。二十代半ば、研究所に籠もる毎日で女の気配とは無縁だった俺に、友人が「看護師との合コンを組んだ」と言い出した。休日の海浜公園に、男三人、女三人、仲介の友人。七人のはずだった。

時間になっても友人は来ない。電話口で「腹痛で無理だ」と言う。もう一人の男も姿を見せない。顔を知っているのは友人だけだった。十分だけ待とうと決めたとき、ベンチにうつむいて座る若い男に目が止まった。声をかけ、友人の名を出すと、男はすっと立ち上がり、「じゃあ、行きましょうか」とだけ言った。

それで全員が納得した。

喫茶店、公園、居酒屋。流れは普通だった。だがそいつだけが、どこか均質だった。笑うでもなく、沈むでもなく、返事は的確すぎるほど短い。場が白けたころ、「今日は解散で」となった。

帰り際、男が言った。「××方面に帰ります。送りますよ」

俺と、同じ方向の看護師一人が乗った。中古の軽自動車。後部座席に並んで座ると、妙に車内が静かだった。エンジン音だけがやけに遠い。

しばらく走ると、道路脇に石の地蔵が並び始めた。最初は一体、二体。やがて途切れなく続く。百、二百。ライトに照らされ、顔が割れ、口が裂けている。ひび割れの影が笑い皺に見えた。

隣の彼女の肩が震えた。

そのとき、運転席から声が落ちてきた。「この辺は出るらしいですよ」

「何がだ」聞き返しても、答えはない。ハンドルを握る手だけが、妙に安定している。

彼女が小さく言った。「さっきも、あのスタンド通りましたよね」

確かに同じ自販機、同じ看板。俺たちは円を描いている。だが男は笑う。「一本道ですよ。気のせいです」

低い笑いが、割れた地蔵の口から漏れた音に重なった。

やがて男はカーステレオにテープを差し込んだ。無音。沈黙だけが続く。

「音、出ないな」俺が言うと、男は平然と答えた。「留守中に家で回してたんです。誰かが話してるかもしれないでしょう」

誰が。

喉が詰まり、それ以上聞けなかった。会話を続ければ、何かが確定してしまう気がした。

突然、彼女が悲鳴をあげた。窓の外、再び地蔵が並んでいる。さきほどより近い。割れた顔が、車を覗き込んでいる。

「止めろ」

叫んだ瞬間、車は静かに停まった。俺と彼女は転げるように外へ出た。ドアが閉まる音もなく、車はそのまま走り去った。赤いテールランプが闇に溶ける。

地蔵はなかった。

潮の匂いがした。足元は砂。顔を上げると、海浜公園の駐車場だった。集合したあの場所だ。一本道を何十分も走っていたはずなのに。

翌日、友人に確認した。三人目の男は時間を一時間間違え、誰にも会えず帰ったという。

では、あの運転席にいたのは誰だったのか。

後日、同じ道を昼間に走った。地蔵の群れはなかった。一本道も、迷う余地などないほど単純だった。

それでもときどき思う。あの夜、俺たちは送られていたのではなく、迎えに行かれていたのではないかと。

そしてあのとき、降りる判断をしたのは本当に俺だったのかと。

(了)

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