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北の守り神が宿る箱 r+2639

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これは、北海道の片隅で生涯を過ごした祖父から聞いた話だ。

祖父は北前船(きたまえぶね)でこの地に辿り着き、住み着いた一族の末裔だと、事あるごとに誇らしげに語っていた。祖父の家には広大な農地があり、倉庫には古めかしい農具や大昔の生活道具が山のように置かれていた。その中には、古びた船の一部らしきものもあった。祖父いわく、それは先祖が乗り継いできた北前船の名残りだと言う。

子供の頃の私は、綺麗な人形遊びよりも虫取りや秘密基地づくりが好きなタイプで、祖父もそんな私を面白がっては、夏休みの度に倉庫を自由に見て回らせてくれた。古びたものたちの山は、幼い私には宝物の山そのもので、祖父を引っ張り回しては「あれは何?」「これは?」と質問攻めにしたものだ。

そんなある日、祖父は倉庫の奥から一つの木箱を持ち出してきた。「うちの家宝を見せてやろう」と誇らしげに微笑みながら。それは、綿でしっかり包まれた長方形の黒い箱だった。手のひらに収まるほどの大きさで、見た目より軽く、振ると中からカタカタと音がする。何の飾りもないその箱について、祖父はこう説明してくれた。

「この中には我が家の『守り神』がいるんだ。先祖が北前船で商いをしていた頃、この『守り神』を船に乗せて海を渡った。どんな嵐でもこれがあれば無事に帰れたもんだ」

祖父によれば、その「守り神」を積んだ船は常に安定した天候に恵まれ、無事に旅を終えることができたという。船を解体する際、この守り神も箱に収めて、家宝として受け継いできたのだとか。聞けば、この「守り神」の加護は、船を降りても我が家に力をもたらし続けたそうだ。

例えば、新たに購入した土地を開墾する時、適当に掘っただけで湧き水が豊富に出たとか、家族の誰かが乗る船がどんな荒波の中でも沈まず、あまり揺れもせずに航海を終えたことなど。「『守り神』は『水』の加護を授けるんだ」と、祖父はさも神妙に語った。

その加護を実際に感じたと祖父が言うのが、戦時中の出来事だった。海軍に所属していた祖父は、ある日突然の激しい腹痛に見舞われ、出撃を前にして病床に倒れた。部隊は彼を置いて出撃することになり、その後、祖父の属していた部隊は敵艦との決戦でほぼ壊滅状態となったのだという。意識が戻った祖父はその話を聞き、「守り神」に守られたに違いないと確信したそうだ。「仮病じゃないかと散々疑われたが、おかげで生き残った」と笑っていた姿が今でも目に浮かぶ。

私はその話を素直に信じ、「守り神様ってすごい!」と純粋に感心して、密かに自分もいつか守ってもらえたらと期待した。だが祖父は「『守り神』は女を嫌うんだ」と言い放ち、少しがっかりしたのを覚えている。それでも諦めきれなかった私は、祖父の家を訪れる度に「守り神」にお酒を供えたり、綺麗なヘアゴムやビー玉、宝石みたいな小物を箱の前に置いたりして、気を引こうとしたものだ。祖父には「守り神」は女性でなく男性だと言われたが、子供心にひたすら大事に考えた。

年月が経ち、祖父が体調を崩して大きな病院に入院することになり、祖母も病院近くの伯父の家へ移った。祖父の家は無人となり、私が訪れることも少なくなった。

ある夏の日、家族で祖父のお見舞いに行くことになり、久しぶりに祖父の家に立ち寄って掃除をすることになった。その日は妙に虫の声が騒がしく、特に倉庫の周りでは、耳が痛くなるほどの大合唱が響いていた。暑さも手伝ってイライラするほどだったが、久しぶりの掃除が終わる頃にはそのことも忘れていた。

ところが、翌日になって私は突然の高熱に襲われ、四十度近い熱が出て、立っているのもつらくなった。点滴を打っても熱は下がらず、医者も原因が分からず「夏風邪だろう」と言うだけ。元気だった昨日が嘘のような状態だった。予定していた帰路のフェリーもキャンセルし、一日滞在を延ばすことになったが、その夜、私たちは大地震に見舞われた。

巨大な揺れが全てを襲い、辺りの建物は停電。病院にいる祖父の安否確認に走り回り、祖母を連れて避難するなど、家族全員が緊迫した夜を過ごした。翌朝、沿岸を襲った津波の凄まじい光景をニュースで知り、もし予定通りフェリーに乗っていたらと考えると、家族全員が言葉を失った。

不思議なことに、私の高熱は地震の直前にすっと下がっていた。偶然と片付けることもできたが、私にはどうしても「守り神」のおかげだと思えてならなかった。お見舞い先でその話を祖父に伝えると、祖父は深く頷いてこう言った。

「『守り神』は確かに女嫌いだが、おまえのようにお転婆で、男の子みたいな女の子なら話は別だろうよ。おまえがずっと大事にしてくれたから、今回も加護をくださったんだ」

また、掃除の際に騒がしかった虫の声の話をしたところ、「あれは『守り神』の警告だったのかもしれん」と祖父は微笑んだ。

後日、地震の後片付けに再び祖父の家を訪れた時、倉庫はしんと静まり返っていた。「守り神」の箱は埃ひとつつかず、相変わらず不思議な存在感を放っていた。私は改めて丁寧に掃除し、お供えをして、深く感謝を捧げた。

祖父が亡くなった後、「守り神」の箱は私が受け継ぐことになった。他の家族は「まぁ偶然だろう」と半信半疑のままだが、私は今でも海や川に出かける時、この箱に手を合わせて出かけるようにしている。幸いなことに、釣りが趣味になった今も、悪天候に遭遇したことは一度もない。

(了)

[出典:http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1425021857/]

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