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天狗の脚、天狗の手 r+3497

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これは、鎌倉に住む知人が幼い頃に体験したという話だ。

その当時の鎌倉は、まだ開発が進んでおらず、あちこちに大きな山や鬱蒼とした木々が残る田舎の風情があったという。家のすぐ裏手にも、どこまでも続くような大きな山がそびえていて、子供たちにとっては絶好の遊び場だった。

その日も、友達と一緒に山へ入ってドングリを拾い集めていたそうだ。陽がまだ高い時間だったのに、夢中になって拾い歩いているうちに友達とはぐれてしまい、道も分からなくなった。幼い子供の足で歩き回った山の中は、ひどく広く感じたことだろう。気が付くと日は傾き、周囲は闇に沈みつつあった。

月明かりだけが頼り。山の斜面は急で足元もおぼつかない。幼い心にも、これ以上足を踏み外せば危ないと分かるほど不気味な静寂が広がっていた。ビニール袋いっぱいのドングリを抱え、ただただ怖くなってその場にうずくまると、涙が溢れ、声を上げて泣いた。

――その時、何かが目の前に立ったのだ。

ふと顔を上げると、暗がりの中にすっくと立つ大きな「脚」が目に入った。すごく大きな脚。男のものだろうか、それ以上のことは分からない。ただ、ごつくて異様に大きかった。

迷子になったら名前を言え――親に言われたその言葉を頼りに、彼は自分の名前を告げ、「迷子になった」と声を震わせながら伝えた。だが、その「何か」は何も言わない。ただじっと立っている。

おうちに帰りたい、ドングリをあげるから一緒に来て――彼は必死にそう言った。

すると、それは低く「む」だか「ん」だか分からない唸り声をあげ、ビニール袋をひょいと受け取った。そして、その巨大な手が幼い体を軽々と掴み上げたのだ。まるで猫を片手で抱くように。尻を掴む感触が今でも忘れられないという。それほど、その手は大きかった。

次の瞬間、ぐん、と視線が一気に上がり、父親の肩車とは比べ物にならない高さに移動した。さらに、ふわりと浮き上がる感覚があったかと思えば、一度下がり、再び急激に上昇した。

眼下に広がるのは鎌倉の全景。夜の町並みが遠くまで広がり、彼は駅のある方角を指さして「こっち」と言った。

その「何か」はまた唸り声をあげ、木々の上を跳ねるように、あるいは飛ぶようにして移動を始めた。風が強く吹き抜け、恐怖を感じる間もないほどあっという間に山の入り口へとたどり着いた。

そこには街灯が灯り、彼は地面に降ろされた。驚きと安堵の中で「ありがとう」と言おうとして頭を下げ、もう一度顔を上げると――その「何か」はすでに消えていた。

家に帰ると、そこは大騒ぎだった。親は泣き、警察が来て、山での遊びは厳しく禁じられた。だが、それからしばらくの間、彼はこっそり山に戻り、木の根元にお菓子や飴を供えるようになったそうだ。誰にお供えしているのか、彼自身もはっきりとは分からなかった。ただ、あの日自分を助けてくれた「何か」に向けて、感謝の気持ちを込めていたのだろう。

以来、その山には決して一人では入らないようにと、彼は心に刻んでいる――。

(了)

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