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洋服直し店の作業灯と、黒い糸で深く裾を縫い留めた灰色のカーテン。タイトルは折り返し。

短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 怪談 n+2026 オリジナル作品

折り返し iwa+

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父から引き継いだ洋服直しの店で、カーテンの丈直しも引き受けている。

駅へ抜ける商店街の端にある、間口二間ほどの店だ。ズボンの裾上げを待つお客さんには入口の椅子へ座ってもらい、その場で仕上げる。夕方になると、作業台の灯りに通りの人の影が重なる。

十月の水曜日、閉店まであと二時間という頃に、灰色のカーテンを抱えた女の人が入ってきた。年は五十代くらいで、茶色の薄いストールを巻いていた。袋から出した布はきれいに畳まれていて、洗剤ではなく、押し入れの奥のような匂いがした。

「これ、三十センチ出せますか」女の人は注文票に、窓の高さだけを描いた。カーテンは一枚で、組になるもう一枚はないという。新しい窓に合わせたいのかと尋ねると、首を傾けて、「今のままだと、下が見えないので」と答えた。

広げてみると、裾の折り返しが妙に深かった。普通なら十センチほどのところが、三十センチ以上もある。前に背の低い窓に合わせて、余った布を切らずに折り込んだのだろうと思った。

縫い目はミシンではなく、黒い糸の手縫いだった。細かな針目の列とは別に、大きくすくった糸が三か所ずつ渡っている。誰かが先に仮縫いをして、そのまま本縫いしたように見えた。

私は布の裏を示して、「ここをほどいて、縫い直します」と説明した。女の人はすぐに私の指を避け、反対の面を撫でた。「外側からお願いしますね」そう言って、窓の絵にも、小さく『外』と書き足した。間違えないよう、指定された面に白い目印を留めたが、吊るしたときは裏へ回る位置だった。

料金を伝えると、女の人は財布からちょうどの現金を出した。今晩使いたいので、五時半に取りに来るという。端を少し切り落とした方が仕上がりはよいと勧めたが、そこだけははっきり断られた。

女の人が帰ったあと、私は入口に近い作業台へ布を運んだ。台の下にある足踏みミシンは父の代からのもので、今は物置代わりになっている。使っている電動ミシンの音に混じって、ときどき古いペダルが鳴るので、その日も足で押さえてから作業を始めた。

左端の糸を切って、裾を十センチほど開いた。折り込まれたところだけ、生地が冷たかった。染みや虫食いがないか確かめようと指を入れると、爪の先が何か硬いものに当たった。

重りが縫い込まれているのかと思い、布を返した。内側に、黒と白の小さな四角が並んでいた。表の灰色とは違う布を継いだようだったが、継ぎ目も、柄を印刷した跡も見当たらなかった。

灯りを近づけると、黒い四角の角に光が乗った。そこへ指の影が落ちたのに、影は生地の表面よりもずっと奥にあった。手を左右へ動かしてみると、四角の間を影が滑り、最後に小さな埃の塊へ重なった。

私は布を作業台へ置き、巻尺の先を折り目に差し込んだ。四角い柄に触れるまで、先端が数センチ沈んだ。巻尺を抜いたあと、先についていた埃を払って、もう一度だけ同じことをした。

奥に見える市松模様には、一本だけ、斜めの傷があった。その形に覚えがあった。子どもの頃、この店でアイロンを落とし、角で削ってしまった床の傷に似ていた。

店の床は十五年ほど前に張り替えている。今は木目のシートで、あの黒白の模様は残っていない。私は立ち上がり、作業台を少し動かして、見えている床と、カーテンの中の床を交互に見た。傷の横にあった、床材の角が欠けたところまで同じだった。足の裏を擦りつけても、今ある床は乾いて平らなままだった。

古い布に床の柄が写ったのかもしれない、と考えた。そんな加工を見たことはなかったが、ほかに考えようがなかった。これ以上ほどかず、女の人が来たら事情を聞いてから直そうと思った。

開いた裾を仮に留めるため、布を試着室の前のレールへ吊った。そのとき、布の下から小さく、カタン、と音がした。作業台の下へ目をやったが、足踏みミシンのペダルは、さっき押さえた位置のままだった。

市松模様の床に、丸い椅子の脚が見えた。店で使っている椅子と同じ形で、片脚に巻かれた赤いテープまで同じだった。ただ、私の椅子は作業台の横にあり、カーテンからは一メートル以上離れていた。

また、カタン、と鳴った。今度は折り返しの内側で、ペダルを踏むような影が前後した。電動ミシンのスイッチを切ると、布の中から、ゆっくりした足踏みの音だけが残った。通りでは自転車のブレーキが鳴り、隣の惣菜屋が客を呼んでいた。声をかければ誰かが覗く距離なのに、口の中が乾いて、私は咳払いしかできなかった。

私は注文票を確かめた。女の人は取りに来ると言ったので、名前だけを書いてもらい、電話番号は聞いていなかった。店の時計は四時五十分で、約束の時間までは、まだ四十分あった。

このままでは目が離せなかった。ほどいた分だけを元へ折り上げ、もとの穴を使って、大きな針目で留めることにした。白い目印は向こう側にあったが、布を回すには、開いている裾をいったん離さなければならなかった。とにかく隙間を閉じたかった。裾を掴んだ瞬間、向こうのペダルが止まり、椅子の脚が少し横へ動いた。

布の内側で、誰かが立った。灰色のスリッパと、紺色のズボンの裾だけが見えた。足は床の模様を踏んでいるのに、吊ったカーテンの重さは変わらなかった。

私は息を止めて布を持ち上げた。見える範囲が狭くなるにつれて、スリッパがこちらへ向きを変えた。つま先が折り目へ近づき、まだ留めていないところで、布が私の膝に触れた。

指に挟んでいた針が震えた。一本目の大きな糸を掛けると、足音が一つ遠ざかったので、私は急いで次も留めた。もとの縫い穴を数える余裕はなく、裾が開かないよう、固く引いて結んだ。

右端まで留めたとき、針が布を抜ける感触が急に消えた。足元で、小さく、硬いものを擦る音がした。針を引くと、店の床の木目が、細い線になって私の手元へ持ち上がった。

反射的に糸を離した。入口のベルが鳴り、女の人の声がした。「終わりましたか」いつもなら顔の高さに見えるはずの通りが、そのときは、店の正面に細く横切る明るい帯になっていた。

私は入口へ向かおうとして、足を止めた。床が黒白の市松模様に変わっていた。アイロンの傷もあったが、そこに置かれた作業台も電動ミシンも、私がついさっきまで使っていたものだった。

ドアの取っ手が見えなかった。入口のあった場所には、灰色の壁があり、胸の高さに、黒い糸が斜めに渡っていた。私はそれを掴もうとしたが、指先は冷たい布を押すだけで、糸までは届かなかった。

明るい帯が下から開いた。女の人の靴と、商店街の舗道が見えた。店のすぐ外にいるはずなのに、女の人は私よりずっと大きく、片手で正面の壁をつまみ上げていた。

私は名前を呼んだ。女の人は少し屈み、帯の向こうから店を見た。目が合ったと思ったとき、彼女は作業台の方へ視線を移し、浅く頷いて、「裏から留めちゃったんですね」と言った。

私はもう一度、声を張った。女の人は返事をせず、持っているものを畳み始めた。店の天井が斜めになり、入口の明るさが、細い折り目の奥へ隠れた。

どのくらい経ったのか、上の方で別のベルが鳴った。女の人が誰かに、「裾を出していただきたいんです」と話していた。布が広げられる音のあと、床が水平に戻り、灰色の壁を通して、白い灯りが差し込んだ。

「ずいぶん大きな針目ですね。同じ糸はお持ちですか」知らない男の声がした。女の人は、「中にあると思います」と答えた。私は作業台の糸箱を押さえた。次の瞬間、その箱のすぐ横の床から、針の先が出てきた。

[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]

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