呪いなんて信じない。
少なくとも、あの場にいるまでは、誰もがそう思っていた。
かつて、ある中学に次郎という不良がいた。仮名だが、地元で知らない者はいない。暴力、窃盗、恐喝は日常で、背後には暴走族の看板があり、教師も警察も深く関わろうとしなかった。
次郎が執着したのは、好男という大人しい同級生だった。理由はない。反応が薄く、逃げない。それだけで十分だった。殴る、金を取る、物を壊す。やがて、次郎は好男の家にまで踏み込んだ。
夜だった。好男の両親が帰宅し、鉢合わせになった。だが次郎は逃げなかった。謝罪もなかった。ただ、二人が動かなくなるまで殴った。
それでも、何も起きなかった。被害届は出されず、学校は沈黙し、警察も記録だけを残して終わった。次郎は笑っていた。「俺、運いいんだよ」。
事実、その後も次郎は何度も事件の輪郭に名前を残した。集団リンチで一人が死んだ夜も、薬の売買が摘発された日も、次郎だけは捕まらなかった。誰かが庇ったのか、偶然か、制度の穴か。どれも説明としては成立する。
二十歳になる前、次郎は自殺した。
理由はわからない。遺書もなかった。ただ、首を吊っていた。
成人式の夜、その話題が出た。驚きと困惑が広がる中、酒に酔った好男が、笑いながら言った。
「まあ、そりゃそうだよな」
誰かが聞き返した。
「何が?」
好男は一瞬考えるようにしてから、肩をすくめた。
「いやさ。昔、親が殴られた時にさ。警察行くか迷ったんだよ。でも、中学生が捕まったって、どうせすぐ出てくるじゃん。だから別の方法を選んだだけ」
冗談めいた口調だった。周囲も笑うか、聞き流すか迷っていた。
「一家で二十歳までに死ぬように、って言っただけだよ。特別なことじゃない。誰でもできる。やり方、知りたい?」
空気が止まった。
冗談だと断じるには、言い方が妙に淡々としていた。
数年後、好男も自殺した。
今度は誰も集まらなかった。噂だけが残った。
次郎の件を話した者、あの場で聞いていた者が、少しずつ連絡を絶っていく、という噂だ。
偶然だ。そう言えば済む。
だが、あの夜、好男が言った「誰でもできる」という言葉を、誰も否定しなかった。
地元では、こう囁かれている。
聞いてしまった時点で、もう選んでいるのだと。
(了)