明治も半ばを過ぎた頃の話だ。
山に生きる猟師は、鉄砲の扱いだけでなく、弾を作るところから自分の仕事だと教えられていた。鉛は町で買えるようになっても、弾だけは自分の手で丸めたものしか信用しない。夜なべ仕事になろうが、次の猟の前には必ず数を揃える。それが山の作法だった。
その晩も、猟師は囲炉裏端に炭を起こし、古い鉄鍋を火にかけて鉛を溶かしていた。溶けた鉛を慎重にすくい、鍋底で転がしては丸める。湯気とも煙ともつかぬ匂いが家に満ち、外では風が雪を連れてきていた。
足元には、長年飼っている年老いた猫がいた。片目が白く濁り、耳もほとんど聞こえぬはずの猫だ。普段は火のそばに寄りつくこともなく、丸くなって眠るばかりなのに、その夜に限って鍋のそばを離れなかった。
猟師が弾を一つ丸めるたび、猫はこくりと首を下げる。次の弾でも、またこくりと頷く。眠気だろうと最初は思った。だが、いくら夜が更けても、猫は眠らない。目を細めたまま、鍋と猟師の手元を見て、正確な間で首を動かし続ける。
気味が悪くなって、猟師はわざと手を止め、炭をいじった。すると猫の首も止まった。再び鉛をすくうと、また首が落ちる。その動きは、眠気とは言いがたかった。
猟師は数えるのをやめた。丸めた弾を革袋に落とし込み、あとは手の感覚だけで作業を続けた。猫はそれでも頷き続けた。何を数えているのか、猟師は考えないようにした。山の家では、考えすぎるのが一番よくない。
夜明け前、革袋の口を縛り、猟師は最後に一発だけ、別の場所に弾を忍ばせた。昔からの習いで、猟に出るときは必ず余分の一発を持つ。数には入れない、数えさせない弾だ。
翌日、山は薄く雪化粧をしていた。足跡が残りやすいはずなのに、獲物の気配がない。罠も空、鳴き声も聞こえず、昼を過ぎても何一つ得られなかった。
日が傾き、引き返す頃合いだと諦めたとき、林の奥で二つの光が瞬いた。獣の目だとすぐに分かったが、その光は低く、妙に揃っていた。じっと動かず、こちらを測るように見ている。
猟師は鉄砲を構え、引き金を引いた。乾いた音が雪に吸われ、次の瞬間、鋭い金属音が返ってきた。獣が倒れる気配はない。再び撃つ。音は同じだった。弾は何かに当たり、弾かれている。
距離は詰まらない。光だけが、少しずつ近づいてくる。猟師は無我夢中で弾を込め、撃ち続けた。革袋が軽くなるのが分かる。撃てば撃つほど、金属音が重なり、胸が冷えていった。
とうとう袋が空になった。光は止まり、雪の中に低い影が浮かび上がった。猟師は、最後に残した一発を思い出した。懐からそれを取り出し、震える手で鉄砲に込める。数えられていない弾だ。
引き金を引くと、今度は音が違った。鈍い衝撃と、引き裂かれるような悲鳴が闇を裂いた。影はその場に崩れ落ち、動かなくなった。
猟師は駆け寄った。雪の上に倒れていたのは、見慣れた毛並みだった。年老いた飼い猫が、額を撃ち抜かれて横たわっている。口は半開きで、白い歯が覗いていた。
少し離れた場所に、見覚えのある鉄鍋が落ちていた。家にあったはずの鍋だ。縁が歪み、黒く煤けている。どうやってここまで来たのか、なぜそこにあったのか、分からない。
猟師はその場で吐いた。猫の首が頷いていた夜の光景が、何度も頭に浮かんだ。鍋のそばで、静かに、確かに数を刻んでいた首の動き。最後の一発だけが、なぜ数に含まれていなかったのか。
村では昔から、畜生は年を経ると人の域に触れると言われている。山に入る者は、獣に数を見せるな、名を呼ぶな、目を合わせるなと教えられる。
それ以来、その村では、どんなに慣れていようと、獣のいる前で弾を作ることはなくなった。夜なべの火は閉ざされ、数は声に出さず、心の中でも数えない。
雪の山で光る目を見たという話だけが、今も年寄りの酒の肴になっている。数を知るものは、数で人を追い詰めるのだと、誰もが半分冗談のように語るのだった。
[出典:315 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/12/24 21:06]