勤め先の飲食店で、スタッフとお客を合わせて十人以上が、まったく同じものを見ている。
店は路面の小さな店で、常勤のスタッフは店長と私だけだ。だから「共通している」という言い方が余計におかしいのだが、実際そうとしか言いようがない。
見られているのは、若い女性だという。
白いシャツにデニム。動きやすそうだけれどだらしなくはなく、髪はまとめているが凝りすぎていない。どこにでもいそうで、かといって記憶に残りやすい格好。年齢も二十代前半から半ばくらいと、皆がほぼ同じように言う。
その女性が、店の奥の壁に向かって立っている。
目撃が始まったのは去年の春先だ。最初は常連のお客が、「さっき、あの場所に女の人立ってたよね」と言った。新しいスタッフが入ったのだと思ったらしい。私が首を傾げると、店長にも同じことを聞いていたようで、二人して不思議そうな顔をして帰っていった。
それだけなら、見間違いで済んだ。
だが同じことが何度も起きた。別の日、別の時間帯、別のお客が、同じ場所について同じように言う。皆、驚くほど具体的に服装や雰囲気を説明する。しかも、その立ち位置がいつも同じだった。店内の照明の関係で、ちょうどスポットライトが当たる場所だ。
もちろん、そこには誰もいない時間帯の話だ。
私と店長は、最初のうちは気にしていなかった。飲食店ではよくあることだと聞かされていたし、何か悪さをされるわけでもない。ただ「見える」という話が重なっているだけだ。
決定的だったのは、夫の一言だった。
夫は霊感と呼ばれるものがまったくない。本人も自覚していて、そういう話題を極力避ける。視力だけは妙に良く、本人曰くサンコン並みらしい。
ある晩、店の前を通りかかった夫が、帰宅するなり言った。
「今日、誰かいた?」
店の営業時間外だったので、私はすぐに否定した。すると夫は首を傾げ、「じゃあ、さっき店にいた女の人は誰?」と続けた。
怖がりの夫には、これまでの話を一切していなかった。だから私は何気なく、「奥さんか、新しく入った人じゃないの」と返した。
夫は違和感が拭えない様子で言った。
「店長、下向いて仕込みしてたでしょ。その横で、女の人が何もせずに壁向いて立ってた。二人ともお互い無視してるみたいで、変な感じだった」
その時点で、私は思い出していた。皆が口を揃えて言っていた格好と、立ち位置。夫はさらに、髪型と服装を細かく説明した。それは、これまで聞いてきた話と完全に一致していた。
それからは、私自身もはっきりと見るようになった。
忙しい時間帯、かがんで仕込みをしていると、視界の端にスニーカーが見える。黒いコンバースで、つま先がこちらを向いている。店長が通ったのだと思って体をずらすと、誰もいない。
通路を急いでいると、人がいると思って避ける。その瞬間、そこに何もないことに気づく。距離にして三十センチもない。見間違いと言うには近すぎる。
不思議なのは、誰も怖がらないことだ。
驚きはするが、悲鳴を上げる人はいない。夫もその後、二度ほど見ているが、怖いとは言わなかった。「変だな」と言うだけだ。
常連のお客の中には、「忙しいときだけ、足が見える気がする」と言う人もいる。人手が足りない時間帯に限って、こちら向きの足が視界に入るのだという。
それを聞いて、私は一瞬だけ笑ってしまった。気にして働こうとしているのかもしれない、と微笑ましく感じたからだ。感謝する余裕もないほど忙しい時ばかりなので、立ち止まることはないが。
彼女は、基本的に無言だ。壁に向かって立ち、こちらを見ない。顔を見た人は一人もいない。目撃談は十を超えるのに、そこだけが共通している。
飲食店には、そういうものが集まりやすい。逆に、いなくなると店が傾く前兆だという話もある。だから私たちは、特に何もしないで放置している。
ただ一つだけ、誰にも言っていないことがある。
皆が語る体型、髪型、服装、立ち位置。そのすべてが、勤務中の私と重なっている。
同じ場所に立つことが多い。白シャツにデニムという格好も珍しくない。髪のまとめ方も、仕事のときは似たようなものだ。
誰かが話題にするたび、私は内心で少しだけ焦る。恥ずかしさに近い感覚だ。何かに執着する性格でもないし、生霊なんて飛ばせるはずがないと、理屈では分かっている。
それでも、顔だけが共有されない理由について考えるのは、やめている。
店の奥の壁には、今日もスポットライトが当たっている。
[出典:11 :可愛い奥様@\(^o^)/:2016/06/30(木) 13:21:02.20 ID:596iEAPm0.net]