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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

空車の助手席 nc+

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ポケモンGOが出た頃、俺は東京に住んでいた。

あの夏の東京は、夜の街に「目的」を増殖させた。終電が過ぎても人が歩いている理由ができて、深夜の路地の息づかいが少しだけ明るくなったような気がした。
俺もその流れに乗った一人で、近所の七福神があるあたりがジムになっていると知ってから、夜中にふらっと歩いて行くのが習慣になった。

夜中の散歩は、慣れると妙に気持ちがいい。車も少ない。空気も冷える。昼にベタついていた街が、少しだけ「素」に戻る時間。
ただ、東京の夜には変な瞬間が混ざる。酔っ払いとか、深夜の配達とか、眠れない人間の足音とか。そういう日常の端っこが、しれっと目の前を横切る。

その日もいつものルートで歩いていた。七福神のあたりに向かう途中、信号のある交差点で止まった。こちらの信号は赤。横の信号が黄色に変わりかけて、車が減速する気配があった。
そのとき、ちょうどタクシーが止まった。

行灯が点いている。つまり「空車」だ。客を探している車。深夜なら珍しくもない。
俺はぼんやり車内を見た。タクシーって、外から車内が妙に見える。運転席の後ろの透明な板とか、メーターの光とか。
そして、助手席に女の人が座っているのが見えた。

一瞬、脳が勝手に「身内だな」と解釈した。
運転手の奥さんか、親戚か、ただの同乗者。業務中でも身内を乗せる人はいる。
ただ、その解釈が成立しない要素が一つあった。
メーターが、空車表示のままだった。

「……え?」
変だとは思った。でも、信号待ちの数秒で確信するほどじゃない。俺は自分の思い込みを疑った。
「空車ランプが壊れてるのかも」とか、「メーターの表示が見えにくかっただけ」とか、いくらでも逃げ道はある。
夜の街では、変なものを見ても「まあそんなこともあるか」で飲み込むのが大人の作法だ。

歩行者の信号が青になった。
俺は横断歩道を渡りながら、横目でタクシーを見続けた。ここが分岐点だった。見なければよかったのに、見てしまった。
女の人の方も、俺を見ていた。目が合った。
その瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
視線が強いとか、睨まれたとか、そういう意味じゃない。視線が「平たい」のだ。感情が乗っていないのに、こちらを捕まえて離さない。

そして、その女の人が、おかしいと分かった。

紙みたいに、ペラペラだった。

言い方が難しい。人間の体は立体だ。肩があって、胸があって、膝があって、重さがある。
でもその女の人は、厚みがない。
影が、薄い。
輪郭が、薄い。
何かの看板を無理やり座らせたみたいに、存在が平面に寄っている。
顔も髪も服も「女の人」なんだけど、布の奥に肉がない。
立体が抜け落ちている。そういう違和感。

俺は歩きながら、目を逸らせなかった。
逸らしたら負けるとか、そういう幼稚な意地じゃない。
「いま目を逸らしたら、次の瞬間に助手席が空になる」
そんな気がした。
そして、空になったことを見てしまったら、今度は「じゃあ、さっき見えていたのは何だったのか」に引きずり込まれる。
だから俺は、見続けた。自分で自分を縛るように。

タクシーは発進した。

俺の視界の端を滑っていく。
女の人はまだこちらを見ている。
目が、合いっぱなしだった。
最後に車体が街灯の影に溶けるまで、その視線だけが残っているみたいだった。

タクシーが見えなくなった瞬間、俺はやっと息を吐いた。
気づいたら、肩が上がっていた。緊張していたらしい。手のひらも汗ばんでいた。
そして遅れて、情けないほど単純な後悔が湧いた。
「なんでガン見したんだ、俺」

もしあれが、ただの“おかしな乗客”だったら。
もし運転手が、何か事情があって同乗させていただけだったら。
俺は失礼なやつだ。
でも、あれはたぶん違う。
理屈じゃなく、体が分かっていた。

あの女の人は、運転手に「くっついている」。

タクシーそのものかもしれない。
あるいは運転手に。
助手席という座標を借りて、移動していた。
そういう感覚が、ふっと落ちた。
落ちた瞬間、背筋が冷えた。
「次に俺がタクシーに乗るとき、助手席にいるかもしれない」
そう思ってしまったからだ。

その後、ジムバトルは惨敗した。
スマホの画面を叩きながら、俺はずっと別のことを考えていた。
あの女の人が「見られた」ことをどう受け取ったのか。
怒ったのか、喜んだのか、何も感じていないのか。
ただ、「見た人間」を覚えたのか。

東京の夜は、流れが速い。
人も車も、翌日には別の景色になっている。
でも、あのタクシーだけは、今もどこかで走っている気がする。
行灯を点けて、空車のまま。
助手席に、紙みたいな女を乗せたまま。

そして俺は、いまでも信号待ちのタクシーを、なるべく見ないようにしている。
見てしまったらまた、目が合ってしまう気がするからだ。
あの「平たい視線」に、もう一度捕まるのが嫌だからだ。

(了)

[出典:278 :名無しさん@おーぷん:19/07/05(金)03:25:24 ID:9Dc]

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