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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

裂け目の夜道 n+

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あの日のことは、どうしても頭の隅から離れてくれない。

五年前の十二月、残業が珍しく長引いて、終電でようやく帰ることになった夜のことだ。

当時の住まいは、最寄り駅から徒歩二十五分もかかる古びたアパート。冬の夜風に晒されながら歩くには、少々堪える距離だった。
駅を出て十分ほど歩くと、片側に幹線道路、もう片側に住宅街が広がる、どこにでもあるような街並みに差し掛かる。車の往来はまばらで、五十日でもなかったから大型トラックもほとんど通らない。
街灯はところどころに立っていたし、看板の明かりもあったから、深夜でも完全な暗闇ではなかった。

駅から一緒に歩き出した顔ぶれを覚えている。
初老の男、腰まで伸びた髪の女、金髪の若い男、スーツ姿のサラリーマン、そして俺。誰も知り合いではない。ただ、それぞれが等間隔で歩いているうちに、自然と一列に並んだような形になっていた。前後の距離は十メートルもないくらい。まるで知らない者同士が、奇妙な行列を作って歩いているみたいだった。

店はすでにどこも閉まっていて、うどん屋の明かりも消えていた。今日はコンビニで済ますしかないな、鍋焼きうどんでも買おうか……そんなことを考えながら歩を進めていた。ふと、自転車を買えば駅まで少し楽になるんじゃないか、なんてことも。
つまり、気を抜いた、何の変哲もない帰り道だった。

異変が起こったのは、その時だ。
前を歩いていたスーツ姿のサラリーマンが、突然「えっ!?」と声を上げて立ち止まり、振り返った。
何事かと思ったが、足元に犬の糞でもあるのかと思い、追い抜こうとした瞬間、目の端に妙なものが映った。

数メートル先の空間が、微かに揺らめいていた。
例えるなら、古いビデオテープを再生した直後に画面が乱れるような、あのザラザラした歪み。あるいは夏に立ちのぼる蚊柱のような、粒子の集まりがもぞもぞ動いているようにも見えた。
ただの疲れ目かとも思ったが、次の瞬間、正面から強い風が吹きつけてきて、思わず目を閉じてしまった。ほんの数秒だったはずだ。だが、目を開けたとき、前を歩いていた金髪の若者の姿が消えていた。

右は車道、左は閉店した和食ファミレス。どこにも人が隠れられるような場所はなかった。ドブもなければ、飛び降りられる段差もない。突風に吹き飛ばされるなんてことも、もちろん不可能だ。
しかも、すぐ前を歩いていたロングヘアの女は、風が吹いたことすら気づかなかったように、何事もなかったかのように歩き続けている。

「今の、見ましたよね」
サラリーマンが声をかけてきた。
「金髪の人……いなくなっちゃいましたね」俺も同じことを口にした。
「これ、警察に言ったほうが……いや、なんて説明すればいいんだろう」
「……ちょっと俺も、なんて言えばいいかわからないです」

しばらくの沈黙のあと、彼は自分に言い聞かせるように言った。
「まあ……気のせいってことですよね、きっと」
俺も頷くしかなかった。「ああ、そうかもしれないですね、多分そうでしょう」

やがて俺はコンビニに寄ると言い、彼を誘った。
「僕も行こうかな、行きます行きます」
その数分の道を、他愛もない会話で繋いだ。
残業がきつくてこんな時間になった、いや自分もだ。お互い疲れていたから、見間違えたんじゃないか……彼はそう結論づけようとしていた。
しかし俺の胸中には、どうしても消えない違和感が残っていた。酒を飲んでいたわけでもなく、視界ははっきりしていた。幻覚にしてはあまりにも具体的だった。

コンビニで食事を買い、軽く挨拶を交わして別れた。彼はそのまま帰路についたが、俺は袋を持ちながら、しばらく立ち尽くしていた。あの空間の揺らめき、突風、そして忽然と消えた人影……どう考えても説明のつかない出来事だった。

その後数ヶ月、俺はその道を使うのが怖くなり、結局自転車を買って隣駅を利用していた。わざわざ遠回りをしてでも、あの幹線道路を避けた。
あのサラリーマンは今も同じ道を歩いているのだろうか。残業で遅く帰ることは相変わらずなのだろうか。あの時、連絡先を聞いておけばよかったと何度も思った。
俺と彼が同じものを見ていたのか、あるいは、彼が見たのは俺と違うものだったのか。答えはわからないままだ。

ただ、ひとつだけ言い聞かせるようにしている。
金髪の兄ちゃんは、きっとどこかの陰で煙草でも吸っていたのだろう。俺たちは疲れていたから、それを見逃したのだ。
そう思い込まなければ、夜道を歩くのがあまりに恐ろしくなる。

だが今でも、ふと考えてしまうのだ。
あの時、風を受けて閉じた俺の目は、ほんの数秒しか塞がれていなかったはずだ。
数秒で、人はどこに消えられるというのか。
あの揺らめきは、ただの目の錯覚だったのか。
もし、あの時俺の順番が少し前後していたら……消えていたのは、果たして誰だったのか。

そう考えるたび、足元の地面が急に頼りなく感じられ、背筋が冷える。
誰もが歩いたはずの夜道のどこかに、確かに在ったはずの裂け目を、俺は忘れられないでいる。

[出典:542 :警備員[Lv.2][新芽]:2024/12/12(木) 15:28:43.01ID:CII9g4uE0]

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