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手のひらに魚が増える話 rw+2,692-0416

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俺には、どうしても腑に落ちない記憶がある。

幼い頃の断片だ。消そうとしても消えず、むしろ年を重ねるほど輪郭がはっきりしてくる。

小さな海辺の町で暮らしていた記憶。
砂浜に松が並び、潮が満ちると根元まで海に沈む。水の中から木が生えているように見える、不自然な光景だった。

引き潮のあと、俺は貝を拾って妹に見せていた。
まだ赤ん坊だった妹は、意味もなく笑っていた。
手足をばたつかせるたび、砂が指の隙間からこぼれていた。

沖には小舟が並び、漁師が網を引いていた。
舟が戻ると、俺は息をひそめて近づいた。
縁から跳ね落ちる魚を拾うためだ。

シャツに包むと、ぬめりと熱がじかに伝わる。
四匹くらいまとめて抱え、坂道を駆け上がる。
寺の鐘が鳴り終わる前に帰れば「セーフ」だった。

あの町での記憶は、匂いや重さまで伴っている。

だが、小学校に上がる頃には、その記憶は否定されるようになった。

「ずっと東京で暮らしてるだろ」

親は笑ってそう言った。
アルバムにも海は一枚も写っていない。

それでも違和感は消えなかった。

夢に見る。
松の間から、誰かがこちらを見ている。
姿は見えないが、視線だけが残る。

最近、その夢に変化が出た。

松の根元に、濡れた人影が立つようになった。
最初は遠くにいた。
次は、少し近く。
その次は、はっきりと輪郭が見えた。

昨夜、とうとう顔まで見えた。

俺だった。

目が覚めたとき、手のひらに鱗が一枚ついていた。
最初はそれだけだった。

だが、今朝は違った。

二枚、三枚と増えていた。
洗っても落ちない。
爪で剥がすと、下の皮膚がわずかに湿っている。

風呂に入った覚えはない。
水にも触れていない。

昼間、仕事中にも一枚見つけた。
机の上に、いつの間にか落ちていた。
触るとまだ柔らかく、ぬめっていた。

帰宅して、妹に見せた。

何も言わなかった。
ただ、すぐに窓を閉めた。

「……音、聞こえない?」

そう言われて、耳を澄ました。

遠くで、鐘の音がしていた。

この辺りに寺はないはずだ。
それでも、一定の間隔で鳴っている。

低く、長く、途切れない音だった。

気づいたのは、そのあとだ。

床が、少し濡れている。
靴下の裏が、わずかに湿る。

玄関まで続いている。

その先に、砂が落ちていた。

細かい、白い砂だ。

――俺はまだ、あの町に帰っていないのか。

それとも、もう戻っているのか。

どちらなのかは、もう判断がつかない。

ただ一つ確かなのは、

今日、机の上に落ちていた鱗が、

昨日よりも少し大きかったことだ。

[出典:307 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2017/06/08(木) 04:52:27.08 ID:XAn8F61O0.net]

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