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失われた海辺の町 r+2,380

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俺には、どうしても腑に落ちない記憶がある。

幼い頃の断片で、消そうとしても消えず、むしろ年を重ねるほど鮮明になっていく記憶だ。

小さな海辺の町で生まれ育った、という確信めいた感覚。
そこでは、砂浜に松の木が立ち並んでいた。潮が満ちると根元まで海水が迫り、幹の下半分が海に沈んで、海の中から松が突き出しているように見えた。子供心にも、それは不思議で美しい光景に思えた。

引き潮になると、砂浜には大小の貝殻が散らばり、俺はそれを拾って妹に見せた。まだ赤ん坊の妹に、貝殻でオハジキをして見せれば喜ぶだろうと考えたのだ。妹は喃語のような声をあげ、手足をばたつかせて笑っていた。

ふと顔を上げれば、沖合には木造の小舟が何隻も浮かび、漁師たちが網を引いていた。日差しを受けて海面はぎらぎらと光り、漁が終わって舟が戻ってくるたびに、俺は息をひそめて待ち構えた。舟の縁から零れ落ちる魚を狙うのだ。跳ねる魚をシャツにくるんで、急な坂道を駆け上がり、家へ持ち帰る。
寺の鐘が鳴り終わる前に帰れれば「セーフ」という決まりだった。

あの頃は、日々がただ楽しかった。

けれども――小学校一年のある日、違和感が唐突に襲ってきた。
俺はずっと東京のS区で暮らしてきたのではなかったのか、と。

親に尋ねれば「ずっとこの家に住んでいる」と言う。
海辺の町など行ったこともない、旅行でさえそんな場所には連れていっていないと。
「赤ん坊を海辺に連れて行くなんて危ないだろう」
父も母も笑って、俺の話をまるで子供の妄想のように扱った。

けれど、どうしても違うのだ。

海辺での暮らしの記憶は、匂いや手触りまで伴っている。松の根のざらつき、魚の鱗で手が生臭くなる感覚、妹が小さな手で砂を握りしめる様子。それは夢のイメージではなく、あまりに細かい実体験だった。

写真を探した。だが、一枚もない。
家のアルバムは東京で撮られたものばかりで、海も砂浜も映っていない。

では、あれは一体何だったのか。

ネット掲示板に書き込んでみたこともある。
「俺には、海辺で暮らした記憶があるんだが、家族はみんな否定する」
いくつかの返信がついた。
「前世の記憶じゃないか」
「テレビや映画のシーンを自分の記憶と混同してるんだろ」
「三歳くらいだと現実と妄想の区別がつかないからな」

理屈はわかる。だが、それでも腑に落ちない。
俺の頭の中の「海辺の町」は、どうしても現実感を失わない。

とりわけ強烈に残っているのは、シャツに魚を四匹包み込んで家に走り帰った感覚だ。あの重さ、跳ねる衝撃、魚のぬめりと熱を帯びた身体。三歳の子供にあれが持てるだろうか。今思えば、あのときの俺はもっと年上、五歳か六歳くらいの体感だった。

夜になると、時折夢に見る。
松の並木の間から、俺をじっと見ている誰かの視線。振り返っても姿は見えない。ただ、潮風に混じって生臭い匂いが強くなり、足元に跳ねる魚が散らばっていく夢。

やがて大人になってから、俺は海辺の町を探し歩くようになった。
出張の合間や休日を使い、地図を片手に漁村を訪ね歩いた。
しかし、あの景色と完全に一致する場所は一つもなかった。
松林が海の中まで伸びている砂浜、木造の小舟がずらりと浮かぶ入り江……似たような光景はいくつかあったが、記憶の中の「そこ」ではなかった。

ある時、ふと妹に尋ねてみた。
「小さい頃、海辺の町にいた記憶ってない?」
妹は首を傾げたが、一瞬、目が揺れたように見えた。
「……わからない。でも、波の音を聞くと懐かしい気持ちになることはある」
それだけを言って、彼女は話を打ち切った。

その夜、夢を見た。
妹が砂浜で泣いている。俺は魚を抱えて走っている。
寺の鐘が鳴り響く。
だが、その鐘の音にかき消されるように、低いうねり声が海の底から響いてきた。
振り返ると、松の根元に、濡れた人影が立っていた。

翌朝、目覚めると、手のひらに魚の鱗が一枚、張り付いていた。
どこからついたのかはわからない。水槽もないし、昨夜は魚料理すらしていなかった。

俺は三十五歳になった今も、あの町を探し続けている。
本当に存在したのか、あるいは前世の残滓なのか。
けれど確信している。
あの町は「あった」のだ。
俺と妹が、確かにそこにいたことだけは、どうしても否定できない。

ただ、一つだけ――最近になって気づいてしまったことがある。

夢に出てくる「松の根元の人影」は、成長するごとに俺自身の姿に近づいている。
そして昨夜、とうとう完全に同じ顔になっていた。
あの町で暮らしていたのは、やはり俺だった。
では、今ここにいる俺は、一体誰なのか。

――この問いを抱えたまま、今日も目を覚ましてしまった。

[出典:307 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2017/06/08(木) 04:52:27.08 ID:XAn8F61O0.net]

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