雨の日だけ、俺は思い出から抜け落ちている。
自分が通っていた保育園で、昔の友達が働き始めた。久しぶりに会って酒を飲み、「あの頃の担任、まだいるよ」と聞かされた。軽い気持ちで飲み会を開いた。担任も来て、懐かしい顔ぶれが揃った。最初はただの昔話だった。
「お前さ、雨の日だけ変だったよな」
唐突にそう言われた。
外で遊べない日は、部屋の隅で一人、あやとりや人形遊びをしていたらしい。そんな記憶はない。俺はいつも三人組で走り回っていたはずだ。混ざればよかったじゃないかと笑うと、友達は笑わなかった。
「あの時のお前、誰かと遊んでる雰囲気だった。入れなかった」
担任も頷いた。
「雨の日だけ妙に静かだった。近づくと怒るから、放っておいた」
夕方、最後まで迎えが来ない時間になると、俺はおままごとを始める。先生が声をかけると激しく拒んだという。相手は誰だったのかと聞くと、ふたりとも言葉を選んだ。
「ひとりで……でも、何人かと話してるみたいだった」
家に帰って親に聞いた。小学校に上がっても続いていたらしい。雨の日になると突然立ち上がり、校庭に出ていき、誰もいない場所で「お花屋さん」や「鉄棒」を始める。楽しそうに会話しながら。
精神科にも連れていったが、異常はないと言われた。二年の夏まで続き、秋に引っ越した途端、止まった。
俺には何一つ記憶がない。
それを笑い話にしていたのは、最近までだ。
今、三歳の娘がいる。あの日も雨だった。玄関を勝手に開け、庭に出ようとする。声をかけても返事はない。ただ笑っている。
後をつけた。
花壇の前でしゃがみ込み、枯れ草と石を並べている。
「いらっしゃいませー」
花屋ごっこだった。
名前を呼んでも振り返らない。視線は、誰もいない空間に向いている。
その位置が気になった。
俺が立っている場所だった。
俺の足元を見上げるように、娘は笑っている。
「きょうも、いっしょだね」
誰に向かって言ったのか、わからない。
ただ、雨の日になると、俺は庭に出たくなる。
濡れた土の匂いを嗅ぐと、胸の奥が静かに落ち着く。
娘が並べた石のひとつが、いつのまにか俺の足元に置かれていた。
覚えのない配置だった。
気づくと、俺はしゃがみこんでいる。
濡れた地面に指を伸ばし、空いている場所に、もう一つ石を並べていた。
誰のための席かは、思い出せない。
[出典:493 :本当にあった怖い名無し:2020/07/19(日) 19:27:57.97 ID:Cpw61/uO0.net]