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音だけがいた rw+5,344

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甲府方面にある旅館に泊まった時の話だ。

付き合って一年ほどの彼女と、行き先を決めない気ままな電車旅をしていた。初日は清里に泊まり、翌日は富士山方面へ向かう途中で甲府に寄り、城跡を見てからさらに電車に乗った。夕方、温泉街の看板が見えたので降りて宿を探したが、どこも満室だった。仕方なく少し離れた旅館に電話をし、迎えを頼んだ。

迎えは遅れた。一時間ほど待ってようやく来た軽のワゴンに乗り、山道を進む。きれいな宿をいくつも通り過ぎ、周囲が川と闇だけになった頃、古びた建物の前で車が止まった。旅館というより、使われていない家に見えた。

中に入っても女将は出てこない。迎えに来た男が部屋へ案内し、食事の時間だけ告げて消えた。客は他にもいるようで、隣の部屋に灯りがあった。

風呂は時間制の共用で、彼女が先に入った。俺は部屋で炬燵に入り、横になったまま目を閉じた。

足先から、何かが触れた。

冷たいというより、重い。布団の上を擦るような感触が、ゆっくりと脛へ這い上がってくる。体が動かない。声も出ない。耳元で、何かを引きずる音がした。ズズズ、と畳を擦るような音だ。

そのすぐ後で、息がかかる距離で囁き声がした。

助けて。

はっきり聞こえた。子供でも女でもない、誰のものかわからない声だった。目を開けようとしたが、瞼が押さえつけられているようで動かない。

襖が開く音がして、彼女が戻ってきた瞬間、体が動いた。俺は跳ね起き、汗だくで息をしていた。彼女には変な夢を見たとだけ言った。

夕食は驚くほど味がなかった。風呂はぬるく、湯気も立たない。誰もいない浴場で、静かすぎるのが怖かった。

体を洗い、上がろうとした時、窓が鳴った。

コツ、コツ、と爪で叩くような音だった。外は真っ暗で、何も見えない。気のせいだと思おうとしたが、もう一度、コン、と音がした。その音が、引きずるようなズズズという音に変わった。

あの時と同じ音だった。

急いで更衣室へ向かったが、背後で音が続いている気がして、振り返れなかった。体も拭かずに浴衣を着て部屋へ戻った。

夜中、隣の部屋から叫び声がした。廊下に出ると、女性客二人が泣きながら震えていた。部屋を指差し、声にならない声を出している。

箒を持って部屋に入った。中は普通だった。だが、押入れの前で、あの音がした。

ズズズ。

押入れの襖に手をかけた時、ガラス戸に部屋が映った。そこに映っていたのは、俺たちの後ろに、何かがいるという事実だけだった。形はわからない。ただ、床に近く、音の通りに這っていることだけがわかった。

次の瞬間、音は窓の外へ遠ざかり、消えた。

誰も声を出さなかった。朝までロビーで過ごし、明るくなるのを待って帰った。旅館の人間は何事もなかったように振る舞っていた。

今でも思い出すのは、姿ではない。あの音と、耳元で聞こえた声だ。

助けて。

あれは、誰が誰に向かって言った言葉だったのか。

[出典:57 本当にあった怖い名無し 2008/01/08(火) 03:41:14 ID:BwpMeeNd0]

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