小中学の頃は田舎もんで世間知らずで、特に仲の良かった啓二、光彦と三人で毎日バカやって、荒れた生活してたんだわ。
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「匿名さん」 2009/03/26 21:14
オレと啓二は家族にもまるっきり見放されてたんだが、光彦はお母さんだけは必ず構ってくれてた。
あくまで厳しい態度でだけど、何だかんだ言って光彦のためにいろいろと動いてくれてた。
その光彦母子が中三のある時、かなりキツい喧嘩になった。
内容は言わなかったが、精神的にお母さんを痛め付けたらしい。
お母さんをズタボロに傷つけてたら、親父が帰ってきた。
一目で状況を察した親父は、光彦を無視して黙ったまんまお母さんに近づいていった。
服とか髪とかボロボロなうえに、死んだ魚みたいな目で床を茫然と見つめてるお母さんを見て、親父は光彦に話した。
「お前、ここまで人を踏み躙れるような人間になっちまったんだな。母さんがどれだけお前を想ってるか、なんでわからないんだ」
親父は光彦を見ず、お母さんを抱き締めながら話してたそうだ。
「うるせえよ。てめえは殺してやろうか?あ?」
光彦は全く話を聞く気がなかった。
だが親父は何ら反応する様子もなく、淡々と話を続けたらしい。
「お前、自分には怖いものなんか何もないと、そう思ってるのか」
「ねえな。あるなら見せてもらいてえもんだぜ」
親父は少し黙った後、話した。
「お前はオレの息子だ。母さんがお前をどれだけ心配してるかもよくわかってる。だがな、お前が母さんに対してこうやって踏み躙る事しか出来ないなら、オレにも考えがある。これは父としてでなく、一人の人間、他人として話す。先にはっきり言っておくが、オレがこれを話すのは、お前が死んでも構わんと覚悟した証拠だ。それでいいなら聞け」
その言葉に何か凄まじい気迫みたいなものを感じたらしいが、
「いいから話してみろ!」と煽った。
「森の中で、立入禁止になってる場所知ってるよな。あそこに入って奥へ進んでみろ。後は行けばわかる。そこで今みたいに暴れてみろよ。出来るもんならな」
親父が言う森ってのは、オレ達が住んでるとこに小規模の山があって、そのふもとにある場所。
樹海みたいなもんかな。
山自体は普通に入れるし、森全体も普通なんだが、中に入ってくと途中で立入禁止になってる区域がある。
言ってみれば、四角の中に小さい円を書いて、その円の中は入るなってのと同じで、きわめて部分的。
二メートル近い高さの柵で囲まれ、柵には太い綱と有刺鉄線、柵全体にはが連なった白い紙がからまってて(独自の紙垂みたいな)、大小いろんな鈴が無数についてる。
変に部分的なせいで、柵自体の並びも歪だし、とにかく尋常じゃないの一言に尽きる。
あと、特定の日に、巫女さんが入り口に数人集まってるのを見かけるんだが、その日は付近一帯が立入禁止になるため、何してんのかは謎だった。
いろんな噂が飛び交ってたが、カルト教団の洗脳施設がある……ってのが一番広まってた噂。
そもそも、その地点まで行くのが面倒だから、その奥まで行ったって話はほとんどなかったな。
親父は光彦の返事を待たずに、お母さんを連れて二階に上がってった。
光彦はそのまま家を出て、待ち合わせてたオレと啓二と合流。
そこでオレ達も話を聞いた。
啓二「父親がそこまで言うなんて相当だな」
オレ「噂じゃカルト教団のアジトだっけ。捕まって洗脳されちまえって事かね。怖いっちゃ怖いが……どうすんだ?行くのか?」
光彦「行くに決まってんだろ。どうせ親父のハッタリだ」
面白半分でオレと啓二もついていき、三人でそこへ向かう事になった。
あれこれ道具を用意して、時間は夜中の一時過ぎぐらいだったかな。
意気揚揚と現場に到着し、持ってきた懐中電灯で前を照らしながら森へ入っていった。
軽装でも進んで行けるような道だし、オレ達はいつも地下足袋だったんで歩きやすかったが、問題の地点へは四十分近くは歩かないといけない。
ところが、入って五分もしないうちにおかしな事になった。
オレ達が入って歩きだしたのとほぼ同じタイミングで、何か音が遠くから聞こえ始めた。
夜の静けさがやたらとその音を強調させる。最初に気付いたのは光彦だった。
「おい、何か聞こえねぇか?」
光彦の言葉で耳をすませてみると、確かに聞こえた。
落ち葉を引きずるカサカサ……という音と、枝がパキッ……パキッ……と折れる音。
それが遠くの方から微かに聞こえてきている。
遠くから微かに……というせいもあって、さほど恐怖は感じなかった。
人って考える前に、動物ぐらいいるだろ。そんな思いもあり、構わず進んでいった。
動物だと考えてから気にしなくなったが、そのまま二十分ぐらい進んできたところでまた光彦が何か気付き、オレと啓二の足を止めた。
「啓二、お前だけちょっと歩いてみてくれ」
「?……何でだよ」
「いいから早く」
啓二が不思議そうに一人で前へ歩いていき、またこっちへ戻ってくる。
それを見て、光彦は考え込むような表情になった。
「おい、何なんだよ?」
「説明しろ!」
オレ達がそう言うと、光彦は
「静かにしてよ~く聞いててみ」
と、啓二にさせたように一人で前へ歩いていき、またこっちに戻ってきた。
二、三度繰り返して、ようやくオレ達も気付いた。
遠くから微かに聞こえてきている音は、オレ達の動きに合わせていた。
オレ達が歩きだせばその音も歩きだし、オレ達が立ち止まると音も止まる。
まるでこっちの様子がわかっているようだった。
何かひんやりした空気を感じずにはいられなかった。
周囲にオレ達が持つ以外の光はない。
月は出てるが、木々に遮られほとんど意味はなかった。
懐中電灯つけてんだから、こっちの位置がわかるのは不思議じゃない……
だが、一緒に歩いてるオレ達でさえ、互いの姿を確認するのに目を凝らさなきゃいけない暗さだ。
そんな暗闇で、光もなしに何してる?
なぜオレ達と同じように動いてんだ?
光彦「ふざけんなよ。誰かオレ達を尾けてやがんのか?」
啓二「近づかれてる気配はないよな。向こうはさっきからずっと同じぐらいの位置だし」
啓二が言うように、森に入ってからここまでの二十分ほど、オレ達とその音との距離は一向に変わってなかった。
近づいてくるわけでも遠ざかるわけでもない。終始同じ距離を保ったままだった。
オレ「監視されてんのかな?」
啓二「そんな感じだよな……カルト教団とかなら、何か変な装置とか持ってそうだしよ」
音から察すると、複数ではなく、一人がずっとオレ達にくっついてるような感じだった。
しばらく足を止めて考え、下手に正体を探ろうとするのは危険と判断し、一応あたりを警戒しつつ、そのまま先へ進む事にした。
それからずっと音に付きまとわれながら進んでたが、やっと柵が見えてくると、音なんかどうでもよくなった。
音以上に、その柵の様子の方が意味不明だったからだ。
三人とも見るのは初めてだったんだが、想像以上のものだった。
同時に、それまでなかったある考えが頭に過ってしまった。
普段は霊などバカにしてるオレ達から見ても、その先にあるのが、現実的なものでない事を示唆しているとしか思えない。
それも半端じゃなくヤバイものが。
まさか、そういう意味でいわくつきの場所なのか……?
森へ入ってから初めて、今オレ達はやばい場所にいるんじゃないかと思い始めた。
啓二「おい、これぶち破って奥行けってのか?誰が見ても普通じゃねえだろこれ!」
光彦「うるせえな、こんなんでビビってんじゃねえよ!」
柵の異常な様子に怯んでいたオレと啓二を怒鳴り、光彦は持ってきた道具あれこれで柵をぶち壊し始めた。
破壊音よりも、鳴り響く無数の鈴の音が凄かった。
しかし、ここまでとは想像してなかったため、持参した道具じゃ貧弱すぎた。
というか、不自然なほどに頑丈だったんだ。
特殊な素材でも使ってんのかってぐらい、びくともしなかった。
結局よじのぼるしかなかったんだが、綱のおかげで上るのはわりと簡単だった。
だが柵を越えた途端、激しい違和感を覚えた。
閉塞感と言うのかな、檻に閉じ込められたような息苦しさを感じた。
啓二と光彦も同じだったみたいで、踏み出すのを躊躇したんだが、柵を越えてしまったからにはもう行くしかなかった。
先へ進むべく歩きだしてすぐ、三人とも気付いた。
ずっと付きまとってた音が、柵を越えてからバッタリ聞こえなくなった事に。
正直、そんなんもうどうでもいいとさえ思えるほど嫌な空気だったが、啓二が放った言葉でさらに嫌な空気が増した。
啓二「もしかしてさぁ、そいつ……ずっとここにいたんじゃねえか?この柵、こっから見える分だけでも出入口みたいなのはないしさ、それで近付けなかったんじゃ……」
光彦「んなわけねえだろ。オレ達が音の動きに気付いた場所ですら、こっからじゃもう見えねえんだぞ?それなのに、入った時点からオレ達の様子がわかるわけねえだろ」
普通に考えれば、光彦の言葉が正しかった。禁止区域と森の入り口はかなり離れてる。
時間にして四十分ほどと書いたが、オレ達だってちんたら歩いてたわけじゃないし、距離にしたらそれなりの数字にはなる。
だが、現実のものじゃないかも……という考えが過ってしまった事で、啓二の言葉を頭では否定できなかった。
柵を見てから絶対やばいと感じ始めていたオレと啓二を尻目に、光彦だけが俄然強気だった。
「霊だか何だか知らねえけどよ、お前の言うとおりだとしたら、そいつはこの柵から出られねえって事だろ?そんなやつ大したことねえよ」
そう言って奧へ進んでいった。
柵を越えてから二、三十分歩き、うっすらと反対側の柵が見え始めたところで、不思議なものを見つけた。
特定の六本の木に注連縄が張られ、その六本の木を六本の縄で括り、六角形の空間がつくられていた。
柵にかかってるのとは別の、正式なものっぽい紙垂もかけられてた。
そして、その中央に賽銭箱みたいなのがポツンと置いてあった。
目にした瞬間は、三人とも言葉が出なかった。特にオレと啓二は、マジでやばい事になってきたと焦ってさえいた。
バカなオレ達でも、注連縄が通常どんな場で何のために用いられてるものか、何となくは知ってる。
そういう意味でも、ここを立入禁止にしているのは、間違いなく目の前のこの光景のためだ。
オレ達はとうとう、来るとこまで来てしまったわけだ。
オレ「お前の親父が言ってたの、たぶんこれの事だろ」
啓二「暴れるとか無理。明らかにやばいだろ」
だが、光彦は強気な姿勢を崩さなかった。
光彦「別に悪いもんとは限らねえだろ。とりあえずあの箱見て見ようぜ!宝でも入ってっかもな」
光彦は縄をくぐって六角形の中に入り、箱に近づいてった。
オレと啓二は、箱よりも光彦が何をしでかすかが不安だったが、とりあえず光彦に続いた。
野晒しで雨とかにやられたせいか、箱はサビだらけだった。
上部は蓋になってて、網目で中が見える。だが、蓋の下にまた板が敷かれていて結局見れない。
さらに箱には、チョークか何かで凄いのが書いてあった。
たぶん家紋?的な意味合いのものだと思うんだが、前後左右それぞれの面に、いくつも紋所みたいなのが書き込まれてて、しかも全部違うやつ。
ダブってるのは一個もなかった。
オレと啓二は極力触らないようにし、構わず触る光彦にも、乱暴にはしないよう注意させながら箱を調べてみた。
どうやら地面に底を直接固定してあるらしく、大して重さは感じないのに持ち上がらなかった。
中身をどうやって見るのかと隅々までチェックすると、後ろの面だけ外れるようになってるのに気付いた。
光彦「おっ、ここだけ外れるぞ!中見れるぜ!」
光彦が箱の一面を取り外し、オレと啓二も光彦の後ろから中を覗き込んだ。
箱の中には、四隅にペットボトルのような形の壺?が置かれてて、その中には何か液体が入ってた。
箱の中央に、先端が赤く塗られた五センチぐらいの楊枝みたいなのが、変な形で置かれてた。
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こんな形で六本。
接する四ヶ所だけ赤く塗られてる。
オレ「なんだこれ?爪楊枝か?」
啓二「おい、ペットボトルみてえなの中に何か入ってるぜ。気持ちわりいな」
光彦「ここまで来てペットボトルと爪楊枝かよ。意味わかんねえ」
オレと啓二は、ぺットボトルみたいな壺を少し触ってみたぐらいだったが、光彦は手に取って匂いを嗅いだりした。
元に戻すと、今度は/\/\>を触ろうと手を伸ばす。
ところが、汗をかいていたのか指先に一瞬くっつき、そのせいで離すときに形がずれてしまった。
その一瞬
チリンチリリン!!チリンチリン!!
オレ達が来た方とは反対、六角形地点のさらに奧にうっすらと見えている柵の方から、物凄い勢いで鈴の音が鳴った。
さすがに三人とも「うわっ」と声を上げてビビり、一斉に顔を見合わせた。
光彦「誰だちくしょう!ふざけんなよ!」
光彦はその方向へ走りだした。
オレ「バカ、そっち行くな!」
啓二「おい光彦!やばいって!」
慌てて後を追おうと身構えると、光彦は突然立ち止まり、前方に懐中電灯を向けたまま動かなくなった。
「何だよ、フリかよ?」
と、オレと啓二がホッとして急いで近付いてくと、光彦の体が小刻みに震えだした。
「お、おい、どうした……?」
言いながら、無意識に照らされた先を見た。
光彦の懐中電灯は、立ち並ぶ木々の中の一本、その根元のあたりを照らしていた。
その陰から、女の顔がこちらを覗いていた。
ひょこっと顔半分だけ出して、眩しがる様子もなくオレ達を眺めていた。
上下の歯をむき出しにするように、い~っと口を開け、目は据わっていた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
誰のものかわからない悲鳴と同時に、オレ達は一斉に振り返り走った。
頭は真っ白で、体が勝手に最善の行動をとったような感じだった。
互いを見合わす余裕もなく、それぞれが必死で柵へ向かった。
柵が見えると一気に飛び掛かり、急いでよじのぼる。
上まで来たらまた一気に飛び降り、すぐに入り口へ戻ろうとした。
だが、混乱しているのか、啓二が上手く柵を上れずなかなかこっちに来ない。
オレ「啓二!早く!!」
光彦「おい!早くしろ!!」
啓二を待ちながら、オレと光彦はどうすりゃいいかわからなかった。
オレ「何だよあれ!?何なんだよ!?」
光彦「知らねえよ黙れ!!」
完全にパニック状態だった。
その時
チリリン!!チリンチリン!!
凄まじい大音量で鈴の音が鳴り響き、柵が揺れだした。
何だ……!?
どこからだ……!?
オレと光彦はパニック状態になりながらも、周囲を確認した。
入り口とは逆、山へ向かう方角から鳴り響き、近づいているのか音と柵の揺れがどんどん激しくなってくる。
オレ「やばいやばい!」
光彦「まだかよ!早くしろ!!」
オレ達の言葉が余計に啓二を混乱させていたのはわかってたが、急かさないわけにはいかなかった。
啓二は無我夢中に必死で柵をよじのぼった。
啓二がようやく上りきろうかというその時、オレと光彦の視線はそこになかった。
がたがたと震え、体中から汗が噴き出し、声を出せなくなった。
それに気付いた啓二も、柵の上からオレ達が見ている方向を見た。
山への方角にずらっと続く柵を伝った先、しかもこっち側にあいつが張りついていた。
顔だけかと思ったそれは、裸で上半身のみ、右腕左腕が三本ずつあった。
それらで器用に綱と有刺鉄線を掴んで、『い~っ』と口を開けたまま、巣を渡る蜘蛛のようにこちらへ向かってきていた。
とてつもない恐怖。
「うわぁぁぁぁ!!」
啓二がとっさに上から飛び降り、オレと光彦に倒れこんできた。
それではっとしたオレ達は、すぐに啓二を起こし、一気に入り口へ走った。
後ろは見れない。
前だけを見据え、ひたすら必死で走った。
全力で走れば三十分もかからないだろうに、何時間も走ったような気分だった。
入り口が見えてくると、何やら人影も見えた。
おい、まさか……
三人とも急停止し、息を呑んで人影を確認した。
誰だかわからないが、何人かが集まってる。
あいつじゃない。そう確認できた途端に再び走りだし、その人達の中に飛び込んだ。
「おい!出てきたぞ!」
「まさか……本当にあの柵の先に行ってたのか!?」
「おーい!急いで奥さんに知らせろ!」
集まっていた人達はざわざわとした様子で、オレ達に駆け寄ってきた。
何て話しかけられたかすぐにはわからないぐらい、三人とも頭が真っ白で放心状態だった。
そのままオレ達は車に乗せられ、すでに三時をまわっていたにも関わらず、行事の時とかに使われる集会所に連れてかれた。
中に入ると、うちは母親と姉貴が、啓二は親父、光彦はお母さんが来ていた。
光彦のお母さんはともかく、ろくに会話した事すらなかったうちの母親まで泣いてて、啓二もこの時の親父の表情は、普段見た事ないようなもんだったらしい。
「みんな無事だったんだね……!よかった……!」
光彦のお母さんとは違い、オレは母親に殴られ啓二も親父に殴られた。
だが、今まで聞いた事ない暖かい言葉をかけられた。
しばらくそれぞれが家族と接したところで、光彦のお母さんが話した。
「ごめんなさい。今回の事はうちの主人、ひいては私の責任です。本当に申し訳ありませんでした……!本当に……」
と、何度も頭を下げた。
よその家とはいえ、子供の前で親がそんな姿をさらしているのは、やっぱり嫌な気分だった。
「もういいだろう奥さん。こうしてみんな無事だったんだから」
「そうよ。あなたのせいじゃない」
この後、ほとんど親同士で話が進められ、オレ達はぽかんとしてた。
時間が遅かったのもあって、無事を確認しあって終わり……って感じだった。
この時は何の説明もないまま解散したわ。
一夜明けた次の日の昼頃、オレは姉貴に叩き起こされた。
目を覚ますと、昨夜の続きかというぐらい姉貴の表情が強ばっていた。
「なんだよ?」
「光彦くんのお母さんから電話。やばい事になってるよ」
受話器を受け取り電話に出ると、凄い剣幕で叫んできた。
「光彦が……光彦がおかしいのよ!昨夜あそこで何したの!?柵の先へ行っただけじゃなかったの!?」
とても会話になるような雰囲気じゃなく、いったん電話を切ってオレは光彦の家へ向かった。
同じ電話を受けたらしく啓二も来ていて、二人で光彦のお母さんに話を聞いた。
話によると、光彦は昨夜家に帰ってから、急に両手両足が痛いと叫びだした。
痛くて動かせないという事なのか、両手両足をぴんと伸ばした状態で倒れ、その体勢で痛い痛いとのたうちまわったらしい。
お母さんが何とか対応しようとするも、「いてぇよぉ」と叫ぶばかりで意味がわからない。
必死で部屋までは運べたが、ずっとそれが続いてるので、オレ達はどうなのかと思い電話してきたという事だった。
話を聞いてすぐ光彦の部屋へ向かうと、階段からでも叫んでいるのが聞こえた。
「いてぇいてぇよぉ!」
と繰り返している。
部屋に入ると、やはり手足はぴんと伸びたまま、のたうちまわっていた。
「おい!どうした!」
「しっかりしろ!どうしたんだよ!」
オレ達が呼び掛けても、「いてぇよぉ」と叫ぶだけで目線すら合わせない。
どうなってんだ……
オレと啓二は何が何だかさっぱりわからなかった。
一度お母さんのとこに戻ると、さっきとはうってかわって静かな口調で聞かれた。
「あそこで何をしたのか話してちょうだい。それで全部わかるの。昨夜あそこで何をしたの?」
何を聞きたがっているのかは、もちろんわかってたが、答えるためにあれをまた思い出さなきゃいけないのが苦痛となり、うまく伝えられなかった。
というか、あれを見たっていうのが大部分を占めてしまってたせいで、何が原因かってのが、すっかり置いてきぼりになってしまっていた。
『何を見たか』でなく『何をしたか』
そう尋ねる光彦のお母さんは、それを指摘しているようだった。
光彦のお母さんに言われ、オレ達は何とか昨夜の事を思い出し、原因を探った。
何を見たか?なら、オレ達も今の光彦と同じ目にあってるはず。
だが何をしたか?でも、あれに対してほとんど同じ行動だったはずだ。
箱だってオレ達も触ったし、ペットボトルみたいなのも一応オレ達も触わってる。
後は……
楊枝……
二人とも気付いた。
楊枝だ。
あれには光彦しか触ってないし、形もずらしちゃってる。
しかも元に戻してない。
オレ達はそれを光彦のお母さんに伝えた。
すると、みるみる表情が変わり震えだした。
そしてすぐさま棚の引き出しから何かの紙を取出し、それを見ながらどこかに電話をかけた。
オレと啓二は様子を見守るしかなかった。
しばらくどこかと電話で話した後、戻ってきた光彦のお母さんは震える声でオレ達に言った。
「あちらに伺う形ならすぐにお会いしてくださるそうだから、今すぐ帰って用意しておいてちょうだい。あなた達のご両親には私から話しておくわ。何も言わなくても準備してくれると思うから。明後日またうちに来てちょうだい」
意味不明だった。
誰に会いにどこへ行くって?説明を求めてもはぐらかされ、すぐに帰らされた。
一応二人とも真っすぐ家に帰ってみると、何を聞かれるでもなく、
「必ず行ってきなさい」
とだけ言われた。
意味がまったくわからんまま、二日後にオレと啓二は、光彦のお母さんと三人である場所へ向かった。
光彦は、前日にすでに連れていかれたらしい。
ちょっと遠いのかな……ぐらいだと思ってたが、町どころか県さえ違う。
新幹線で数時間かけて、さらに駅から車で数時間。
絵に書いたような深い山奥の村まで連れてかれた。
その村のまたさらに外れの方、ある屋敷にオレ達は案内された。
でかくて古いお屋敷で、離れや蔵なんかもあるすごい立派なもんだった。
光彦のお母さんが呼び鈴を鳴らすと、おっさんと女の子がオレ達を出迎えた。
おっさんの方は、その筋みたいなガラ悪い感じでスーツ姿。
女の子は、オレ達より少し年上ぐらいで、白装束に赤い袴。
いわゆる巫女さんの姿だった。
挨拶では、どうやら巫女さんの伯父らしいおっさんは、普通によくある名字を名乗ったんだが、巫女さんは「あおいかんじょ?(オレはこう聞こえた)」とかいう、よくわからない名を名乗ってた。
名乗ると言っても、一般的な認識とは全く違うものらしい。
よくわからんがようするに、彼女の家の素性は一切知る事が出来ないって事みたい。
実際オレ達は、その家や彼女達について何も知らないけど、とりあえずここでは見やすいように「葵」って書くわ。
だだっ広い座敷に案内され、わけもわからんまま、ものものしい雰囲気で話が始まった。
「息子さんは今安静にさせてますわ。この子らが一緒にいた子ですか?」
「はい。この三人であの場所へ行ったようなんです」
「そうですか。君ら、わしらに話してもらえるか?どこに行った、何をした、何を見た、出来るだけ詳しくな」
突然話を振られて戸惑ったが、オレと啓二は何とか詳しくその夜の出来事をおっさん達に話した。
ところが、楊枝のくだりで
「コラ、今何つった?」
と、いきなりドスの効いた声で言われ、オレ達はますます状況が飲み込めず混乱してしまった。
「は、はい?」
「おめぇら、まさかあれを動かしたんじゃねえだろうな!?」
身を乗り出し、今にも掴み掛かってきそうな勢いで怒鳴られた。
すると葵がそれを制止し、蚊の泣くようなか細い声で話しだした。
「箱の中央……小さな棒のようなものが、ある形を表すように置かれていたはずです。それに触れましたか?触れた事によって、少しでも形を変えてしまいましたか?」
「はぁあの、動かしてしまいました。形もずれちゃってたと思います」
「形を変えてしまったのはどなたか、覚えてらっしゃいますか?触ったかどうかではありません。形を変えたかどうかです」
オレと啓二は顔を見合わせ、光彦だと告げた。
すると、おっさんは身を引いてため息をつき、光彦のお母さんに言った。
「お母さん、残念ですがね、息子さんはもうどうにもならんでしょう。わしは詳しく聞いてなかったが、あの症状なら他の原因も考えられる。まさかあれを動かしてたとは思わなかったんでね」
「そんな……」
それ以上の言葉もあったんだろうが、光彦のお母さんは言葉を飲み込んだような感じで、しばらく俯いてた。
口には出せなかったが、オレ達も同じ気持ちだった。
光彦はもうどうにもならんってどういう意味だ?一体何の話をしてんだ?
そう問いたくても、声に出来なかった。
オレ達三人の様子を見て、おっさんはため息混じりに話しだした。
ここでようやく、オレ達が見たものに関する話がされた。
俗称は『生離蛇螺』『生離唾螺』
古くは『姦姦蛇螺』『姦姦唾螺』
なりじゃら、なりだら、かんかんじゃら、かんかんだらなど、知っている人の年代や家柄によって、呼び方はいろいろあるらしい。
現在では、一番多い呼び方は単に『だら』
おっさん達みたいな特殊な家柄では、『かんかんだら』の呼び方が使われるらしい。
もはや神話や伝説に近い話。
人を食らう大蛇に悩まされていたある村の村人達は、神の子として様々な力を代々受け継いでいた、ある巫女の家に退治を依頼した。
依頼を受けたその家は、特に力の強かった一人の巫女を大蛇討伐に向かわせる。
村人達が陰から見守る中、巫女は大蛇を退治すべく懸命に立ち向かった。
しかし、わずかな隙をつかれ、大蛇に下半身を食われてしまった。
それでも巫女は村人達を守ろうと様々な術を使い、必死で立ち向かった。
ところが、下半身を失っては勝ち目がないと決め込んだ村人達はあろう事か、巫女を生け贄にする代わりに村の安全を保障してほしいと、大蛇に持ちかけた。
強い力を持つ巫女を疎ましく思っていた大蛇はそれを承諾。
食べやすいようにと村人達に腕を切り落とさせ、達磨状態の巫女を食らった。
そうして、村人達は一時の平穏を得た。
後になって、巫女の家の者が思案した計画だった事が明かされる。
この時の巫女の家族は六人。
異変はすぐに起きた。
大蛇がある日から姿を見せなくなり、襲うものがいなくなったはずの村で、次々と人が死んでいった。
村の中で、山の中で、森の中で。
死んだ者達はみな、右腕・左腕のどちらかが無くなっていた。
巫女の家族六人を含む十八人が死亡。
生き残ったのは四人だった。
おっさんと葵が交互に説明した。
「これがいつからどこで伝わってたのかはわからんが、あの箱は一定の周期で場所を移して供養されてきた。その時々によって管理者は違う。箱に家紋みたいのがあったろ?ありゃ今まで供養の場所を提供してきた家々だ。
うちみたいな家柄のもんでそれを審査する集まりがあってな、そこで決められてる。まれに自ら志願してくるバカもいるがな。管理者以外にゃかんかんだらに関する話は一切知らされない。付近の住民には、いわくがあるって事と、万が一の時の相談先だけが管理者から伝えられる。
伝える際には相談役、つまりわしらみたいな家柄のもんが立ち合うから、それだけでいわくの意味を理解するわけだ。今の相談役はうちじゃねえが、至急って事で、昨日うちに連絡がまわってきた」
どうやら、一昨日光彦のお母さんが電話していたのは別のとこらしく、話を聞いた先方は、光彦を連れてこの家を尋ね、話し合った結果、こっちに任せたらしい。
光彦のお母さんは、オレ達があそこに行っていた間にすでにそこに電話してて、ある程度詳細を聞かされていたようだ。
「基本的に、山もしくは森に移されます。御覧になられたと思いますが、六本の木と六本の縄は村人達を、六本の棒は巫女の家族を、四隅に置かれた壺は、生き残られた四人を表しています。そして、六本の棒が成している形こそが、巫女を表しているのです。
なぜこのような形式がとられるようになったか。
箱自体に関しましても、いつからあのようなものだったか。
私の家を含め、今現在では伝わっている以上の詳細を知る者はいないでしょう」
ただ、最も語られてる説としては、生き残った四人が、巫女の家で怨念を鎮めるためのありとあらゆる事柄を調べ、その結果生まれた独自の形式ではないか……という事らしい。
柵に関しては、鈴だけが形式に従ったもので、綱とかはこの時の管理者によるものだったらしい。
「うちの者で、かんかんだらを祓ったのは過去に何人かいるがな、その全員が二、三年以内に死んでんだ。ある日突然な。事を起こした当事者も、ほとんど助かってない。それだけ難しいんだよ」
ここまで話を聞いても、オレ達三人は完全に置いてかれてた。きょとんとするしかなかったわ。
だが、事態はまた一変した。
「お母さん、どれだけやばいものかは何となくわかったでしょう。さっきも言いましたが、棒を動かしてさえいなければ何とかなりました。しかし、今回はだめでしょうな」
「お願いします。何とかしてやれないでしょうか。私の責任なんです。どうかお願いします」
光彦のお母さんは引かなかった。
一片たりともお母さんのせいだとは思えないのに、自分の責任にしてまで頭を下げ、必死で頼み続けてた。
でも泣きながらとかじゃなくて、何か覚悟したような表情だった。
「何とかしてやりたいのはわしらも同じです。しかし、棒を動かしたうえであれを見ちまったんなら……お前らも見たんだろう。お前らが見たのが大蛇に食われたっつう巫女だ。下半身も見たろ?それであの形の意味がわかっただろ?」
「……えっ?」
オレと啓二は言葉の意味がわからなかった。下半身?オレ達が見たのは上半身だけのはずだ。
「あの、下半身っていうのは……?上半身なら見ましたけど……」
それを聞いておっさんと葵が驚いた。
「おいおい何言ってんだ?お前らあの棒を動かしたんだろ?だったら下半身を見てるはずだ」
「あなた方の前に現われた彼女は、下半身がなかったのですか?では、腕は何本でしたか?」
「腕は六本でした。左右三本ずつです。でも、下半身はありませんでした」
オレと啓二は、互いに確認しながらそう答えた。
すると急におっさんがまた身を乗り出し、オレ達に詰め寄ってきた。
「間違いねえのか?ほんとに下半身を見てねえんだな?」
「は、はい……」
おっさんは再び光彦のお母さんに顔を向け、ニコッとして言った。
「お母さん、何とかなるかもしれん」
おっさんの言葉に、光彦のお母さんもオレ達も、息を呑んで注目した。
二人は言葉の意味を説明してくれた。
「巫女の怨念を浴びてしまう行動は、二つあります。やってはならないのは、巫女を表すあの形を変えてしまう事。見てはならないのは、その形が表している巫女の姿です」
「実際には、棒を動かした時点で終わりだ。必然的に巫女の姿を見ちまう事になるからな。だが、どういうわけかお前らは、それを見てない。動かした本人以外も同じ姿で見えるはずだから、お前らが見てないならあの子も見てないだろう」
「見てない、っていうのはどういう意味なんですか?オレ達が見たのは……」
「巫女本人である事には変わりありません。ですが、かんかんだらではないのです。あなた方の命を奪う意志がなかったのでしょうね。かんかんだらではなく、巫女として現われた。その夜の事は、彼女にとってはお遊戯だったのでしょう」
巫女とかんかんだらは同一の存在であり、別々の存在でもある……?という事らしい。
「かんかんだらが出てきてないなら、今あの子を襲ってるのは、葵が言うようにお遊び程度のもんだろうな。わしらに任せてもらえれば、長期間にはなるが何とかしてやれるだろう」
緊迫していた空気が初めて和らいだ気がした。
光彦が助かるとわかっただけで充分だったし、この時の光彦のお母さんの表情は本当に凄かった。
この何日かでどれだけ光彦を心配していたか、その不安とかが一気にほぐれたような、そういう笑顔だった。
それを見ておっさんと葵も雰囲気が和らぎ、急に普通の人みたいになった。
「あの子は正式にわしらで引き受けますわ。お母さんには後で説明させてもらいます。お前ら二人は、一応葵に祓ってもらってから帰れ。今後は怖いもの知らずもほどほどにしとけよ」
この後光彦に関して少し話したのち、お母さんは残り、オレ達はお祓いしてもらってから帰った。
この家の決まりだそうで、光彦には会わせてもらえず、どんな事をしたのかもわからなかった。
転校扱いだったのか在籍してたのかは知らんが、これ以来一度も見てない。
まぁ死んだとか言うことはなく、すっかり更正して今はちゃんとどこかで生活してるそうだ。
ちなみに光彦の親父は、一連の騒動に一度たりとも顔を出してこなかった。どういうつもりか知らんが。
オレと啓二も、わりとすぐ落ち着いた。
理由はいろいろあったが、一番大きかったのは、やっぱり光彦のお母さんの姿だった。
ちょっとした後日談もあって、たぶん一番大変だったはずだ。
母親ってのがどんなもんか、考えさせられた気がした。
それにこれ以来うちも啓二んとこも、親の方から少しづつ接してくれるようになった。
そういうのもあって、自然とバカはやらなくなったな。
一応他にわかった事としては、特定の日に集まってた巫女さんは、相談役になった家の人。
かんかんだらは、危険だと重々認識されていながら、ある種の神に似た存在にされてる。
大蛇が山だか森だかの神だったらしい。
それで年に一回、神楽を舞ったり祝詞を奏上したりするんだと。
あと、オレ達が森に入ってから音が聞こえてたのは、かんかんだらは柵の中で放し飼いみたいになってるかららしい。
でも六角形と箱のあれが封印みたいになってるらしく、棒の形や六角形を崩したりしなければ、姿を見せる事はほとんどないそうだ。
供養場所は、何らかの法則によって、山や森の中の限定された一部分が指定されるらしく、入念に細かい数字まで出して範囲を決めるらしい。
基本的にその区域からは出られないらしいが、柵などで囲んでる場合は、オレ達が見たみたいに外側に張りついてくる事もある。
わかったのはこれぐらい。
オレ達の住んでるとこからはもう移されたっぽい。
二度と行きたくないから確かめてないけど、一年近く経ってから柵の撤去が始まったから、たぶん今は別の場所にいるんだろな……
(了)