東海道新幹線に乗務していた頃の話です。
今でもこの路線に関わる仕事を続けていますが、あの日のことだけは、業務記録にも私の記憶にも、はっきりした形で残っていません。残っていないのに、消えてもいない、そういう種類の出来事です。
私は当時、専務車掌として定期列車に乗務していました。静岡を通過した直後だったと思います。時間帯は夕方を過ぎ、外はすでに暗くなり始めていました。新幹線の車内は、いつものように静かで、速度に慣れた耳には走行音すら遠く感じられる時間帯でした。
名古屋を出た時点で、私は検札を終えています。担当範囲は十三号車を含んでいましたが、そのとき確かに十三号車は空でした。数名の乗客が降り、次に乗る予定の駅までは空席のままになるだろうと、私はそう認識していました。
富士川の鉄橋を渡ったあたりで、車内巡回に出ました。十三号車の前のデッキに立った瞬間、空気の違いに気づきました。においでも音でもありません。ただ、車内の密度が変わっているような感覚でした。
ドアを開けて中を見たとき、思考が一瞬止まりました。
十三号車は満席でした。
通路にも座席にも、隙間なく人が座っています。年配の乗客が多く、全員が前を向いて、身じろぎ一つしていません。話し声も物音もなく、車内にいるはずの数十人分の気配が、異様なほど均一でした。
私はとっさに、自分の確認ミスだと思おうとしました。名古屋で見落とした、ただそれだけだと。そう考えながら車内に足を踏み入れましたが、その瞬間、強い違和感に襲われました。
誰一人として、こちらを見ないのです。
検札に来た車掌に対して、顔を上げない乗客はいます。しかし、視線すら動かさないというのは異常でした。全員が同じ方向を向き、同じ姿勢で、同じ無表情を保っている。その揃い方が、偶然では済まされないものでした。
早く通り抜けようと思いました。仕事だから、という意識よりも、この空間から出たいという感情の方が強かったのを覚えています。
そのときです。
後方の座席あたりから、小さな声が聞こえました。
「南無阿弥陀仏……」
一人ではありませんでした。次第にその声は増え、やがて車内全体に広がりました。抑揚も速さも同じ念仏が、波のように重なっていきます。誰かが主導している様子はなく、ただ同時に始まり、同時に続いていました。
私は走りました。通路を抜け、デッキに戻り、運転室へ向かいました。
運転士に、見たままを伝えました。十三号車が満席であること、念仏が聞こえたこと。しかし運転士は計器から目を離さず、「十三号車は空車扱いだ」と言いました。モニターにも、異常は表示されていませんでした。
仕方なく、私は乗務員室へ戻るため、再び十三号車を通ることにしました。
ドアを開けた瞬間、私は立ち尽くしました。
十三号車は、完全に空でした。
座席に残された温もりもなく、通路には誰の気配もありません。さきほどまで確かにあった満席の光景が、最初から存在しなかったかのように消えていました。
それ以降、列車は何事もなく終点に到着しました。業務報告には「異常なし」と書きました。書けることが、それしかなかったからです。
ただ、その日以降、私は十三号車を通るとき、必ず息を詰めるようになりました。今もです。検札の順番を調整し、なるべく長く留まらないようにしています。誰に指示されたわけでもありません。
あの車両を通るたび、ふと考えてしまうのです。
あのとき、念仏を唱えていたのは誰だったのか。
そして、何に向かって祈っていたのか。
十三号車を避けるようになってから、私は一度も満席の幻を見ていません。ただ、静岡を過ぎ、富士川を渡るあたりで、車内が妙に重くなる瞬間があります。
そのとき私は、車内モニターを見ません。
見てしまったら、次はどこへ報告すればいいのか、分からないからです。
[出典:88 :本当にあった怖い名無し:2011/10/02(日) 17:12:56.54 ID:j3zYSaxV0]