「神隠し」って言葉は、いまどき軽く使われがちだ。
迷子になった子ども、山で消えた登山者、都会で連絡が途絶えた人。
でも田舎の村でその言葉が出るときは、冗談じゃ済まない。
それは「説明の付かない空白」を、共同体がどうにか飲み込むための言い方だ。
俺が聞いたのは、盆栽サークルで知り合った爺さんの話だ。
酒が入ると、爺さんは昔の村の噂話をよく語った。笑い話もあるし、信じがたい話もある。
その中で一番、あとから効いてきたのが、K村の婆さんの神隠しだった。
K村は、爺さんの住んでいた村より少しだけ都会に近い。
道が広くて、店も一軒多い。その程度の違い。
だけど、その程度の違いでも、田舎では「K村のほうが栄えている」と言われる。
ある日、そのK村で婆さんが消えた。
最初は失踪事件として警察が動いた。年寄りがどこかへ行って戻らない。それ自体は珍しくない。
だが、その失踪には「見た」という若者がいた。
夕暮れ時、若者は家の前の通りをぼんやり見ていた。
夏の終わりか、秋の始まりか。日が傾き、影が伸びる時間帯。
遠くに、件の婆さんが歩いているのが見えた。
よろよろというよりは、目的地がある歩き方。
若者は「どこ行くんだろう」と思いながら、ただ眺めていた。
すると、婆さんの進む先に、見慣れないものが見えた。
石碑のような形。
それが通りの先、道の延長線上に立っている。
本来、そこには何もないはずだった。
けれど夕暮れの目は騙されやすい。陽炎や、影の重なりで形が変わる。
若者も最初はそう思ったらしい。
ただ――それは、やけに「はっきり」していた。
頂上付近に小さな黒い点が二つ、横並び。
中央は、最初はただの影だった。
婆さんはそれに向かって真っ直ぐ歩いていく。
婆さんがそれに気づいた瞬間、石碑の真ん中が真っ黒くなった。
影ではなく、穴のように。
そして婆さんは、引き摺られるように、そこへ吸い込まれていった。
若者は声が出なかったという。
駆け寄ることもできなかった。
ただ、吸い込まれる婆さんの背中を見ていた。
婆さんの足が地面から離れたのかどうか、それすら覚えていない。
現実が急に薄紙みたいになって、目の前の出来事が遠ざかる。そういう感覚だけが残った。
婆さんを飲み込んだ石碑のようなものは、その後もそこに佇んでいた。
若者はしばらく呆気に取られて見ていた。
そして、ある瞬間に気づいた。
上の黒い点は目だ。
真ん中の真っ黒なところは口だ。
「顔」だった。
その理解が落ちた瞬間、若者の体は勝手に動いた。
全速力で家に逃げ帰り、布団を被って震えた。
誰かを呼ぶ余裕もなかった。
「説明したら現実になってしまう」
そういう恐怖があったのかもしれない。
噂は広がり、村は騒いだ。
爺さんも仲間とどぶろくを持って、婆さんの家を訪ね、話を聞いたという。
家族は泣いていた。警察は「失踪」として処理した。
だが村の人間は知っている。
失踪ではなく、「連れていかれた」種類の消え方があることを。
時は移り、爺さんは別の噂を耳にした。
「K村の婆さんの家では、色々と手を回して、何とか婆さんの葬式を挙げたらしい」
葬式を挙げるには遺体が必要だ。
遺体がないなら、死亡届を出すのも簡単じゃない。
それでも葬式を挙げた。
つまり家族は、村は、共同体は、婆さんが“帰らない”ことを受け入れた。
爺さんはその話をするとき、笑わなかった。
どぶろくの杯を口につけたまま、目を伏せた。
「こういうのはな、理屈で片付けようとすると、余計に引っ張られる」
そう言って話を切った。
俺はその夜、帰り道でやけに空が低く感じた。
街灯の光が白っぽく、影が濃い。
道の先に、石碑みたいなものが立っていないか、無意識に探してしまった。
もし見つけたら、どうする。
近づくのか、目を逸らすのか。
その問いだけが、胃の底に残った。
神隠しってのは、怪談のオチとして便利な言葉じゃない。
誰かの生活から、一人分の重さが消えることだ。
笑い話にできるわけがない。
だから俺は、夕暮れ時に、道の先を凝視しない。
視界の端に、石碑のようなものが見えても、決して形を確かめない。
上に黒い点が二つあったとしても、数えない。
真ん中が黒く見えても、それが口かどうか考えない。
考えた瞬間、世界は「顔」になる。
そして顔は――口を開ける。
(了)
[出典:779 : 1/2:2011/07/04(月) 18:26:31.81 ID:MAkeJUho0]