横断歩道の白線の手前で、足が止まった。
右から車が来ていた。信号は青。渡ってもおかしくはないが、待てばやり過ごせる距離だった。だから立ち止まった。それだけのはずだった。
それでも、背中に圧がかかった。
触れられたわけではない。風でもない。ただ、後頭部の奥を押されるような感覚があった。
渡れ。
声ではない。意味だけが滑り込んできた。
気づけば足が出ていた。一歩。もう一歩。
その瞬間、右から来た車が唐突に蛇行し、タイヤを鳴らしながらスピンした。白線の上を削り取るように横滑りし、さっきまで自分が立っていた場所を正確になぞって、背後のフェンスに突き刺さった。
鉄が軋み、何かが砕ける音がした。生暖かい空気が首筋を撫でる。焦げたゴムと、金属と、血に似た匂いが混ざった。
あと半歩遅れていたら、そこにいた。
振り返った。誰もいない。信号機が規則正しく点滅しているだけだった。
あの一歩は、自分の判断だったのか。
答えは出なかった。
*
東名を走っていたときも、似た感覚があった。
前方にふらつく軽自動車がいた。車間を詰めるでもなく、ただ速度を合わせて流していた。追い越す必要はない。
それでも、胸の奥がざわついた。
抜け。
また、意味だけが落ちてきた。
理由はなかった。焦りもない。ただ、今この瞬間に前へ出なければならないという確信だけがあった。ウィンカーを出し、アクセルを踏む。
軽を抜いて十数秒。
ルームミラーの奥で、景色が歪んだ。後方から迫ったトレーラーが、軽の後部を押し潰した。車体が波打つように折れ曲がる。さらに別の大型車が巻き込み、横転する。
衝撃は音より先に視界に来た。
ニュースになった。多重衝突。死者あり。
自分の位置は、ほんのわずかに前だった。それだけで、何も起こらなかった。
運が良かった、と言われればそれまでだ。
だが、あの「今だ」という感覚は、偶然の顔をしていなかった。
*
似たことが何度もある。
川で溺れかけたとき、足首を掴まれた気がした。引き上げられた岸辺に、人はいなかった。けれど、手の形だけは確かだった。
階段から落ちそうになったとき、誰かが肘を掴んだ。振り返っても壁しかない。
落ちる直前に限って、引き戻される。
守られている、と最初は思った。
だが、回数が増えるにつれ、別の疑問が生まれた。
なぜ、そんなに正確に「落ちる瞬間」だけを知っているのか。
なぜ、落ちる前ではなく、落ちる直前なのか。
助けられているのか。
それとも、落ちる寸前まで見届けられているのか。
*
最近、気づいたことがある。
背中を押される感覚は、危険のときだけではない。
道を間違えそうになったとき。
誰かと出会いそうになったとき。
何かを選び損ねそうになったとき。
必ず、少しだけ遅れてやってくる。
観察されている、という感触がある。
祈りでも、守護でもない。
もっと無機質で、冷静で、計測するような視線。
こちらの生死や選択を、外側から測っている何か。
もしそれが「守り手」なら、なぜ名乗らない。
もし味方なら、なぜ沈黙する。
ある夜、ふと思った。
あれは、自分を生かしているのではなく、死なせないようにしているだけではないか。
死ぬ瞬間を、まだ迎えさせないように。
適切な位置に置き続けるために。
その位置が、どこへ向かっているのかは、知らされていない。
*
今も、ときどき背後に圧を感じる。
振り向かない。
振り向いたら、そこに何かが「いる」と確定してしまう気がするからだ。
ただ、心の中で一度だけ呟く。
わかっている。
覚えている。
ありがとう、とは言わない。
それが何のために自分を残しているのか、まだ知らないからだ。
──今日もまた、落ちる直前で止められた。
次は、どこまで行けば落ちるのだろう。
[出典:410 :本当にあった怖い名無し:2024/08/27(火) 10:09:56.62 ID:XA8L3kBU0.net]