私が生まれ育った家は、山の斜面を背負う古い日本家屋だった。
土間と畳敷きの広間。かまどのある台所と仏間。十六畳の和室。障子を開ければ縁側、その先に小さな庭があり、数歩で山肌に触れられる距離だった。
十三の春、飼い犬のジョンが六匹の子犬を産んだ。どれも白く、庭を転げ回る姿は雪玉のようだった。私は縁側に寝転び、漫画を読みながら、その様子を眺めるのが日課になっていた。
長雨が止み、ようやく陽が差した日のことだった。
顔を上げると、庭の芝生に女の子が座っていた。
白いワンピース。短い髪。子犬たちの動きを目で追い、口元だけで笑っている。近所の子どもにしては見覚えがない。けれどジョンを見に来る子は珍しくないので、私は気にせず漫画に視線を戻した。
しばらくしてまた見ると、まだいる。
子犬がくしゃみをすると、同じように肩を震わせる。眠る子犬を覗き込むときだけ、表情が消える。
目が合った。
瞬きの間に、姿がなくなっていた。庭を横切らなければ帰れない造りなのに、足音も気配もなかった。
母は「誰も来ていない」と言い、曾祖母は「座敷わらしは畳の縁しか歩かん」と笑った。私の見間違いということになった。
だが翌日も、その次の日も、女の子は庭にいた。
雨の日も、風の日も。
家族も、ジョンも、子犬たちも、気づかない。見えているのは私だけらしかった。
祖父はお祓いを提案したが、私は断った。理由はうまく言えなかった。ただ、あの子が庭にいる間だけ、子犬たちが静かになることに気づいていた。
数日後、三日続いた雨の夜だった。
夕食の最中、祖父がふと「その子は、今も庭にいるのか」と言った。その瞬間、雨音が変わった。
粒立つ音が、地の底を擦るような低い唸りに変わる。
家が揺れた。
祖父が玄関へ駆け出し、山の方へ耳を澄ませた。次の瞬間、「逃げろ」と怒鳴った。
私たちは闇の中へ飛び出した。父が曾祖母を担ぎ、母は袋を抱え、祖母はリュックを背負う。私は庭へ向かおうとしたが、祖父に抱えられた。
そのとき、確かに見た。
土砂降りの庭の中央に、女の子が立っていた。
こちらを見ていない。山の方を向き、動かない。
轟音が迫り、地面が沈み、庭が闇に飲まれた。
翌朝、山は崩れていた。
家は押し潰され、屋根の一部だけが土砂から覗いていた。庭も、小屋も、すべて消えていた。
私は泣いた。ジョンも子犬も、あの庭も、全部終わったのだと思った。
そのとき、腕を強く引かれた。
振り向くと、女の子が立っていた。
白いワンピースは泥に染まり、左手首には何もない。目だけが妙に澄んでいる。
何も言わず、足元を指差した。
そこだけ、土砂が不自然に凹んでいた。掘り起こすと、小屋の屋根が現れた。
中には、泥と水にまみれながらも、生きたジョンと子犬たちがいた。
家族は歓声をあげた。祖父は小屋の造りを誇った。
私は女の子を探した。
いない。
崩れた山肌の上に、泥の足跡が一列だけ残っていた。家の方から山へ向かう足跡だった。
曾祖母にだけ話すと、「山の神様かもしれん」と言って手を合わせた。
私はそれ以上、何も言わなかった。
その後、私たちは別の土地に家を建てた。ジョンはやがて死に、娘のチャロが残った。
ある日、チャロの腹が膨らんでいることに気づいた。
その夜、夢を見た。
崩れた庭に、白い子犬が六匹ではなく、七匹転がっている。七匹目は、目を開けたまま動かない。
縁側に座る女の子が、私を見ている。
目が合った瞬間、私は理解した。
あの夜、庭に立っていたのは、山を止めていたのではない。
山の行き先を、選んでいたのだと。
目が覚めると、チャロの産箱の中で、子犬が六匹、静かに眠っていた。
私は数え直した。
六匹だった。
それでも、耳を澄ませると、庭のどこかで、もう一つ分の息遣いが混じっている気がする。
風が吹くたび、白いものが山の方へ滑るのが見える。
あの子が、また来ているのか。
それとも、まだ庭から離れていないのか。
私は、山に背を向けたまま、振り返らない。
――次に崩れる場所が、どこなのか、知りたくないからだ。
[出典:20:犬の親子と女の子:2011/05/17(火) 02:46:41.51 ID:rpqNSiVS0]