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中編 r+ 洒落にならない怖い話

詰め込まれた軽 r+4,528

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何年か前のことだ。

あれ以来ずっと口にするのもためらっていたが、こうして言葉にでもしておかないと、自分の中で現実だったのか幻だったのか、ますます分からなくなってしまう。

夕方、まだ空の底に朱が残っていた時間帯、俺は友人の坂本を乗せて車を走らせていた。目的地は山向こうにある嶌田の家。十人ほど集まって飲もうという話になっていて、小さな同窓会みたいなものだった。

坂本は集合時間を勘違いしていたらしく、待ち合わせに遅れてきて、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。俺も急がなきゃと思ってアクセルを踏み込んでいた。道は山越えの一本道。曲がりくねってはいるが信号もなく、車も他にいない。飛ばすにはちょうどよかった。

ところが、前方にやたら遅い軽自動車が現れた。
その速度がただ遅いだけじゃない。曲がるたびに止まりそうなほどブレーキを踏み、俺の焦りを煽るように進む。抜きようのない一本道で延々と付き合わされ、苛立ちが腹の底で煮え立っていた。

「見通しのいいとこで抜くわ」
そう隣の坂本に言った時、返事がなかった。横を見ると、坂本の顔は青白く、額に汗を浮かべ、震えていた。車酔いでもしたのかと声をかけたが、彼は口を固く閉じていた。

やがて、俺が苛立ち半分に怒鳴るように問いかけた時、坂本は搾り出すように言った。
「あれは……まずい。追い越してくれ」

何がまずいのか分からなかった。けれど彼の怯え方は尋常ではなく、言われるままにアクセルを踏んで軽を追い抜いた。バックミラーに小さくなっていくテールランプを見て、胸のつかえがとれたような気がした。

その後、坂本はぽつりと呟いた。
「あの軽、中を見んかった?」
俺は首を振った。運転に集中していたし、わざわざ覗き込む理由もない。坂本はそれ以上は語らなかった。

ところが、気付けばバックミラーに見覚えのあるライトが映っていた。距離を詰め、光を瞬かせ、まるでぶつける寸前のように煽ってくる。さっき抜いた軽だった。

クラクションが鳴り響き、背中を冷たいものが這い上がった。
「譲るわ」
そう言った俺に、坂本は烈火のごとく叫んだ。
「あかん!止まったらあかん!!」

それでもこのままでは事故ると思い、減速して左に寄せようとした瞬間、後ろから「ゴツン」と衝撃が走った。バンパーで小突かれたのだ。怒りよりも恐怖が勝った。
逃げるしかない、とにかく広い場所へ。

頭に浮かんだのは山頂にある駐車場だった。何とかたどり着き、無理な角度で突っ込んだせいで車体がスピンしたが、幸いぶつかるものはなかった。ほっと息をつき、出入口に目をやった瞬間、血の気が引いた。

軽自動車が、出入り口を塞ぐように停まっていた。

「待ってる……」
声に出した時、自分でも喉が震えているのが分かった。

坂本はずっと下を向き、体を小刻みに震わせていた。頼れるのは自分しかいない、と無理やり怒りを奮い立たせ、車を降りて軽に近づいた。窓をノックすると、すうっとガラスが下りた。

中を見た瞬間、心臓が潰れるかと思った。

そこには、人が詰まっていた。
四人乗りの車に五人どころではない。天井まで隙間なく、人、人、人。顔色の失せた男も女も老人も子供も、上下も前後も関係なく、骨の折れた人形のように押し込められていた。
眼窩は空洞のように黒く、全員が俺の方を向いた。首の角度は壊れた操り人形のようで、中には真後ろに回っている者もいた。

足が勝手に動いた。叫びながら全力で逃げ戻り、車を発進させた。柵をこすり、金属の悲鳴を聞きながら強引に出口を抜けた。視界の端で、軽の中の「それら」がこちらを向き、笑っていたように見えた。

次の瞬間、衝撃。意識が途切れた。

――目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
俺は骨折と打撲、坂本は軽い怪我で済んでいた。相手は二十代の女性で、彼女の車と俺の車が衝突した事故として処理された。だが、彼女は言った。
「そんな軽自動車なんて見てません」

坂本は後日、ぽつりと漏らした。
「最初から見えてたんや。中に……あれが詰まっとるの」
けれど俺には黙っていたという。俺にまで同じものを見せたくなかったから。

退院後、車は廃車にした。修理できないわけじゃなかったが、もう二度と乗る気にはなれなかった。体に残った痣は、しばらく人の手形のような形をしていた。大きいものから小さいものまで、まるで数えきれない数の手で叩かれたように。坂本も同じだった。

あの時の軽は、何だったのか。
俺には分からない。ただ、今でも夜道を走り、バックミラーに車のライトが映ると、胸の奥から冷たいものが這い上がってくる。煽られるたびに、ぎっしりと詰まった顔が笑っている幻を見てしまうのだ。

……俺は、まだ逃げ切れていないのかもしれない。

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