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表示されない階 rcw+4,594-0206

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あれは十年以上前のことだ。

俺がエレベーターの保守点検をしていた頃、都内の繁華街にある八階建ての雑居ビルでの作業だった。駅前で人通りも多く、昼夜を問わず人が出入りする建物だ。受付で管理人に声をかけ、各階のホールに点検中の札を貼って回る。いつもと変わらない手順だった。

違和感を覚えたのは、二階で箱を止め、ピット清掃のために扉を手動で開けた瞬間だ。足元にあるはずの床が、そこになかった。暗闇が、思っていた距離よりもずっと深く口を開けていた。

本来なら、扉のすぐ下に金属の底面が見える。だがその日は、光を落としても底が見えない。暗さというより、距離の感覚がおかしかった。視線が吸い込まれて、思わず一歩引いた。

背後で先輩が笑った気配がした。

「そこ、下があるんだよ」

操作盤の下部を開け、鍵を回す。普段は触らない点検用のスイッチで、箱が低速で降り始めた。唸るような音とともに、一階を過ぎ、さらに下へ落ちていく。

止まった先は、表示も灯りもない階だった。扉が開いた瞬間、空気が変わった。湿っていて、重く、音を吸い込む。懐中電灯の光に浮かび上がったのは、打ちっぱなしのコンクリートと、奥へ続く闇だけだった。

「誰も使ってない」

先輩はそう言ったが、その言い方は断定ではなかった。確認したことがない、という響きが残った。

点検手順では、箱を一段上げて一人が下に残る。だが先輩は、視線を合わせずに言った。

「今日は書類だけでいい」

その言葉に逆らう理由はなかった。俺も、そこに一人残る想像をしたくなかった。

不思議だったのは、地下があること自体が、どこにも書かれていないことだ。操作パネルに表示はなく、呼びボタンもない。階段も見当たらない。存在しているのに、使われる前提が最初からないような造りだった。

作業を終えて地上に戻ると、さっきまでいた地下の感覚が、嘘のように消えた。人の声、音楽、照明。だが足元だけが、妙に頼りなく感じられた。

それから数日後、点検記録をまとめていて気づいた。あのビルの作業時間が、他の日よりもわずかに長い。理由を探しても、思い当たる作業はない。同行した先輩に聞こうとしたが、次の現場で顔を合わせたとき、彼は俺のことを初対面のように見た。

名前を名乗っても、首をかしげるだけだった。

以来、エレベーターに乗ると、時々思う。
床の下に、表示されない階があるのではないか。
そしてそこから、こちらを確認するために、箱が止まるのを待っている何かがあるのではないかと。

あの地下で感じた冷気と無音は、今も記憶の奥で変わらない。
あれは点検だったのか、それとも――順番だったのか。

[出典:2009/04/03(金) 09:11:11 ID:izdGgRdHO]

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