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短編 r+ 山にまつわる怖い話

見なかったことにする rw+4,081

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前に何かのCMに出ていた、山を掃除する人がテレビで話していた。

エベレストのような高所登山では、滑落は珍しくない。多くは即死だが、ごくまれに助かってしまう人がいるという。

登山中、ふと下を見下ろすと、絶壁の谷底で人が手を振っていることがある。小さく見えるが、確かに生きている。叫んでいるように見える時もある。

だが、そこは人が降りられる場所ではない。ヘリも来られない。助けに行けば、確実にもう一人死ぬ。

だから登山者は、見なかったことにする。

見えているのに、見ない。聞こえた気がしても、聞かなかったことにする。その瞬間、谷底の人間は死者として扱われる。まだ生きているかどうかは関係ない。助けられないという理由だけで、もう存在しないものになる。

必死に手を振る行為は、人間が人間に向けて出す最後の合図だ。それが届いても、受け取られない。

登山者たちは先へ進む。振り返らない。振り返ってはいけない。

山を下りたあと、夢に見るそうだ。

雪の谷底ではなく、普通の街の中で、誰かが同じように手を振っている。距離は近い。声もはっきり聞こえる。

それでも足が止まらない。

見なかったことにしたはずなのに、あの時からずっと、手を振る人間の数だけ、世界のどこかで現実が切り捨てられ続けている気がしてならない。

(了)

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