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いのーこの夜 r+3,584

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大学を出てからの話だ。

俺は田舎を離れ、大阪で就職した。慣れない仕事に追われ、最初のうちは休みもままならなかった。
両親は「無理するな」と言ってくれたので、それを言い訳にして、結局五年も帰省しなかった。

ようやく生活にも余裕が出てきたころ、ふと実家が恋しくなった。
唐突に湧いた郷愁というやつかもしれない。
思い立って電話をかけると、母の反応は意外だった。

「……帰ってこなくていいから」
「なんで? 盆でも正月でも帰らなかったんだぞ? 久々に顔見たいだろ」
「……ほんと、無理しないで。ね?」

拒絶される筋合いはないはずなのに、なぜか必死だった。
母の声の奥に、怯えのような響きがあった。
押し問答の末、今度は父が電話に出た。

「わかった。ただ、家の様子は少し変わってしまってな……あまり見せたいもんじゃない」

リフォームでも失敗したのかと軽口を叩いて通話を終えた。
俺はそのとき、笑っていた。
――なにが「見せたくない」だよ、大袈裟な。

新幹線に揺られ、乗り継ぎを繰り返してたどり着いた田舎の駅。
相変わらずの風景。人よりカエルのほうが多いんじゃないかと思えるような湿った田んぼと、鬱蒼とした山。
実家の外観は変わっていなかった。拍子抜けするほどに。
けれど、玄関先に立った瞬間、なぜか身体の芯が冷えた。

父も母も、顔では笑っていた。
けれども、目が笑っていない。
会話はぎこちなく、どこか打ち合わせでもしたかのような不自然さがあった。

そしてもう一人、そこにいた。
兄だった。完璧すぎる兄――俺の人生のロールモデルだった。
都会の大手企業に勤め、美しい妻を娶ったはずの兄が、なぜここに?

開いた口が塞がらなかった。
兄は、兄ではなかった。

顔の輪郭は似ているのに、まるで違う。
だらしなく開いた口からは唾液が滴り、焦点の合わない目は虚空をさまよう。
そして、異様な歌声が漏れていた。

「いのーこ いのーこ……いのーこさんのよるは……」

古いわらべ歌だった。亥の子唄。
小さい頃、秋になると村中の子どもが歌って歩いた。
そのときの明るい記憶とは裏腹に、兄の口から出るそれは、まるで呪詛のように不気味だった。

聞けば、俺が大阪に出てすぐの頃、兄は事故に遭ったのだという。
後遺症で知能に障害が残り、妻にも見放され、実家に引き取られた。
両親は、俺に知らせなかった。知らせたくなかった、と。

母は泣いて謝った。
父はただ黙っていた。
俺は、なにも言えなかった。

その夜のこと。
眠れずに布団にくるまっていた俺の耳に、ガラガラと玄関の戸が開く音が届いた。
時計を見ると、午前二時を過ぎていた。

そっと障子を開けると、兄の背中が見えた。
フラフラとした足取りで、夜の田んぼへと向かっていく。

慌てて追いかけた。
兄は泥に足を取られながらも、まっすぐ田んぼの奥へと進んでいく。
そして月明かりの下、またあの唄を歌い出した。

「いのーこ いのーこ……つののはえたこうめ……」

その姿を見て、俺は膝から崩れた。
認めたくなかった現実が、夜の冷気とともに胸に突き刺さる。
兄は、本当にもう戻ってこないのだと。

両親に知らせると、彼らは落ち着いていた。
「心配せんでええ……毎晩やから」
まるで、犬でも放し飼いにしているような口ぶりだった。

俺は耐えられず、泣きながら兄を家に引き戻した。

以後、滞在中は毎晩同じだった。
兄は深夜に外へ出て、唄を歌いながら田んぼを彷徨う。
朝には、必ず布団に戻っている。

何かが狂っているのに、それを誰も正そうとしない。
俺だけが、世界の異常さに取り残されている気がした。

帰る日の朝、思い切って父に聞いた。
「兄貴のこれから……どうすんだよ」
父はふっと笑って言った。

「幸彦のことは、心配いらん。そのうち……帰るときが来る」

その言葉が、今でも理解できない。

兄は、もう実家に戻ってきている。
帰るもなにも、ここにいるじゃないか。

問い詰めようとした瞬間、父がこちらを向いた。
口元がわずかに吊り上がっていた。
そして、喉の奥から、しゃくりあげるような笑いが漏れた。

「ヒ、ヒヒヒ……」

振り向くと、母も同じように笑っていた。
兄は、唄を歌いながら座敷の隅で丸くなっていた。
亥の子唄の旋律が、だんだん言葉にならなくなっていく。

恐ろしくなった俺は、荷物を掴んで家を出た。

「また、時間ができたら……くるよ」

そう言って、二度と振り返らなかった。

あの家に、もう誰も住んでいないのかもしれない。
もしかしたら、俺もあそこに置いてこられたのかもしれない。
いまでも、夜になるとあの唄が聞こえてくる気がする。
頭の奥で、腐った稲の匂いとともに。

……ヒ、ヒヒヒ。

(了)

YouTube視聴者の方から貴重な投稿がありました。

2017年05月02日(火)追記

猪の子祭は広島だけに平安時代から伝わる民俗習慣で、

スサノオノミコトやヒノカクツチ大神等の荒くれものなや神さまを鎮めて、おとなしくしてもらう、行事です。

私のすむ町内でも今も何やら歌いながら子供たちが、

お払いした石を藁に包んで飾りをして赤と白の紐を沢山つけて練り歩いています。

現代は豊作や子宝に恵まれる為のお祭りに代わりましたが、

本来の意味や歌に込められた呪文は全く理解できません。

子供の頃にも意味もわからずやっていたので。

今度調べて見たくなった。

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少し調べましたが

おかやまと愛媛でもあるようですが、

それらはごく近年に亥子10月に御祭りとして

弁天様や大黒さまなどを奉っている、お祭りでした。

しかし、これは旧地図では

備後から長州に(岡山の一部から広島と、山口の東部でだけの行事で)この祭は奉りであり。

神さまをお払いした石を地面に叩いて鎮めておかなければ、水害や飢饉が起こると。

言い伝えがあります。

唄は

『いのこのようさ もちつかんもんは おにうめこうめ つーののはえたじゃうめ えいとさいと さいとこもちくわそうか』

ニ伴まであるはずだが覚えてないです。

亥の時期旧暦で10月には

その地から選ばれた石を清めて

男の子が大きな漬け物石くらいの石を何人かで藁に巻き、

その中にお米やヒエや粟等の穀物をお供えとしていれ。

氏神から近所を練り歩く。

唄を歌いながら地面を子達だけで、放射状に着けた紐で大きく持ちあげ地面に叩き付けて歩くのです。

やらなかったものは、鬼にとられ。

家は絶えていき蛇つきとなり・・・・

死ぬまでイキテイナガラ亡者となる。

やったものは家は栄えて沢山の善いことが続く

つまりこの話の中での共通点は、

この家族は亥子を、子供の頃に奉らなかったから、

長男は鬼に意識を乗っ取られて死ぬまでイキテイナガラ帰らぬ亡者となり?

家族は変な薄笑いを浮かべ蛇つきの、一族となった?のかもしれない。

関わりたくないと言った弟は他県に行っていたので。

その地に居なかったら大丈夫なのだろうか?

ならばやはりこの地には帰らない方がよい様です。

持って行かれなったが子供を儲けることができないまたは、できても短命だと言う。

この話は民俗学をよく知るお爺さんからうろ覚えで聞きました。

もう92歳のお爺ちゃんがこの事はハッキリと語ってくれて家族構成も忘れた、痴呆であまりわからないみたいなのです。

広島には戦国時代より狐岩、千足のわらじ、蛇退治や様々な昔話、民俗逸話、風習や伝承が残っていて沢山の史籍があちこちに残っています。

数年前に起こった安佐南区八木の梅林地区土石災害もある、殿様の蛇退治の舞台となった場所なのです、

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