私が以前住んでいた海外の町には、観光名所として知られる古い石橋があった。
石造りのアーチ橋で、周囲は渓谷に囲まれ、晴れた日は川面が光を跳ね返し、写真映えすると評判だった。ガイドブックにも必ず載っている場所で、週末になると観光客が途切れない。
ただし、その橋の説明には必ず一文、妙な注釈が添えられていた。
「この橋は、囚人労働によって建設された」
それだけなら珍しくない。だが現地の人間は、もう少し踏み込んだ言い方をする。
あの橋は、正しく完成したものではない、と。
建設当時、その地域は軍の統治下にあり、橋の建設には囚人が動員された。手枷足枷をつけられたまま、石を運び、削り、組み上げる。逃げ場はなく、失敗すれば暴力が飛ぶ。監督役の軍人は特に残忍だったらしく、罰を与えること自体を楽しんでいたと伝えられている。
雨の日でも作業は止まらなかった。
川が増水し、濁流が橋脚にぶつかる日でさえ、囚人たちは橋の上に立たされていたという。
ある大雨の日、ついに事件が起きた。
増水した川は普段とは別物のような勢いで、足を取られれば即座に流される状態だった。それでも作業を強要され、囚人の一人が足を滑らせた。その瞬間、軍人は助けるどころか、笑いながら鞭を振るったとされている。
そこで何かが切れた。
囚人たちは一斉に監督の軍人に向かい、掴みかかり、押し倒した。人数差は歴然だった。軍人は橋の上から川へ落ち、そのまま戻ってくることはなかった。
その後の記録は曖昧だ。
囚人たちが処罰されたとも、橋は予定通り完成させられたとも言われている。ただ確かなのは、軍人が死に、橋が完成し、今もそこに残っているという事実だけだった。
いつ頃からか、雨の日に奇妙な噂が立つようになった。
「雨が降ると、橋の上で足を止めてはいけない」
「立ち止まると、誰かに近づかれる」
最初は軍人の幽霊だと言われていたが、次第に言い方が変わっていった。
「誰か、ではない」
「数が合わない」
観光化が進むにつれ、話は薄められ、ついにはパンフレットに
《雨の日に不思議な体験をする人がいます》
といった曖昧な表現で紹介されるようになった。
私の知人は、それを面白がった一人だった。
「どうせ観光用の作り話だろ」
そう言って、雨の日を狙って橋に向かった。
彼の話では、その日は朝から雨が降り続いており、川はかなり増水していたという。観光客はほとんどおらず、橋の上には彼一人だけだった。
橋の中央付近まで歩いたとき、不意に違和感を覚えたそうだ。
足音が、自分のものより一拍遅れて聞こえた気がした。振り返っても、背後には誰もいない。風の音だと思い直し、再び前を向いた。
次の瞬間、体が前に出た。
押された、というより、背中が触れられた感覚に近かったらしい。勢いよく一歩踏み出し、足元の石に躓き、体が傾いた。手すりに掴まらなければ、そのまま川に落ちていたと言う。
彼は必死に体勢を立て直し、振り返った。
やはり誰もいなかった。橋の上には、雨音だけが響いていた。
そのとき初めて、彼は気づいたそうだ。
橋の石畳に、複数の足跡が残っていることに。雨で濡れた石の上に、靴底の形がいくつも浮かび上がっていた。ただし、それらは彼の足跡より古く、そして数が合わなかった。
彼はそれ以上確認せず、橋を渡り切るとすぐにその場を離れた。
後日、私が「結局、幽霊だったのか」と聞くと、彼は首を横に振った。
「分からない。ただ……押された感触が、人の手じゃなかった」
どんな感触だったのかと重ねて聞くと、しばらく考え込み、こう言った。
「硬くて、冷たくて、でも濡れていなかった」
それ以来、雨の日にその橋の話題が出ると、彼は必ず話を打ち切る。
あの橋は、誰が完成させたのか分からない。
落ちたのは一人だったはずなのに、渡るときに感じる気配は、いつも一つではないからだ。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「NO NAME」 2021/07/19]