年明け二日、八坂に初詣を誘った。
行き先は彼女の指定で、国道沿いのあの神社だった。縁結びと縁切りで知られ、昔は神隠しの話も絶えなかったという。
三が日の境内は人で溢れていた。鳥居をくぐり、杉並木の参道を抜ける。砂利を踏む音が絶え間なく続き、空気は冷えているのに、どこか息苦しい。八坂は人混みが苦手なはずなのに、その日は不思議と落ち着いていた。
拝殿前は押し合いへし合いだった。賽銭を投げ、鈴を鳴らし、頭を下げる。八坂は長く目を閉じていた。自分も形だけ祈る。何を願うかは考えないようにした。
参拝を終えた直後、八坂が拝殿の左奥を見つめて固まった。
注連縄を巻かれた杉の大木。その根元だった。
「あの木のところ、少し行きませんか」
理由は言わない。ただ、行かなければならない顔をしていた。
御神木の裏に回ると、木の根と根の間に、小さな子供がしゃがみ込んでいた。四、五歳くらいだろうか。こちらには目もくれず、根元の洞を覗き込んでいる。
境内で、母親らしい女性が必死に子供の名を呼んでいた声を思い出す。年齢も服装も合っている。
「ぼく、●●くんか」
反応はない。八坂が膝をつき、静かに問いかける。
「お母さんとお父さん、探してますよ」
子供はゆっくり顔を上げた。黒目がちで、妙に深い。洞から顔を離しただけで、視線はまだどこか内側を見ているようだった。
その小さな指が、洞の奥を指した。
覗き込む。暗いだけだ。木の内側に吸い込まれそうな空洞がある。底は見えない。冷たい空気が、そこからわずかに流れてくる。
「何かいるのか」
問いかけた瞬間、子供が口を歪めた。声は出さない。ただ、笑っているように見えた。
その時、背後で砂利を踏む音が近づいた。八坂が両親を連れて戻ってきた。母親は子供を抱きしめ、泣きながら何度も名を呼ぶ。父親は周囲に頭を下げ続けていた。
子供は抱かれたまま、こちらを見た。
洞を指した手は、まだ半ば上がったままだった。
「見つかってよかったですね」
八坂が小さく言う。だがその声は少し震えていた。
参道を戻る途中で、ようやく尋ねた。
「さっき、何が見えた」
八坂はしばらく黙っていた。
「光が……差したんです」
「光」
「御神木の方から、一瞬だけ。まっすぐ」
木漏れ日では説明できない、と彼女は言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「それで、あそこに何かあるって思ったのか」
「……違います」
彼女は足を止めた。
「光は、木の方からじゃなかったんです。洞の中からでした」
それ以上は何も言わなかった。
境内に戻ると、先ほどの親子の姿はもう見えなかった。あれだけ泣いていた母親も、まるで最初から居なかったかのように。
人混みは相変わらず続いている。誰も騒いでいない。迷子騒ぎは、もう終わったのだろう。
最後に御神籤を引いた。
自分の紙には『吉』とある。平凡な運勢だ。
八坂は無言で紙を開き、しばらく見つめたあと、そっとこちらに差し出した。
何も書かれていなかった。
真っ白だった。
「印刷ミスだな。引き直すか」
そう言うと、彼女は首を振った。
「いいんです。これで」
彼女は白紙の御神籤を、胸元にしまい込んだ。
帰り際、ふと御神木の方を振り返る。
遠くからでも、洞の黒さだけははっきりと見えた。
あの子供が指していた場所。
あれは助けを求めていたのか。
それとも、呼んでいたのか。
その年の春、八坂は実家に戻ると言い出した。理由ははっきりしない。ただ「縁が切れた気がする」とだけ言った。
連絡は、それきり途絶えた。
今も時折、あの神社の前を通る。国道から踏切を越え、杉並木が続く参道を見るたびに思う。
あの日、結ばれたのは誰の縁だったのか。
そして、白紙だった御神籤に、
本当は何が書かれていたのか。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2019/02/12]