短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

白紙の御神籤 nc+

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年明け二日、八坂に初詣を誘った。

行き先は彼女の指定で、国道沿いのあの神社だった。縁結びと縁切りで知られ、昔は神隠しの話も絶えなかったという。

三が日の境内は人で溢れていた。鳥居をくぐり、杉並木の参道を抜ける。砂利を踏む音が絶え間なく続き、空気は冷えているのに、どこか息苦しい。八坂は人混みが苦手なはずなのに、その日は不思議と落ち着いていた。

拝殿前は押し合いへし合いだった。賽銭を投げ、鈴を鳴らし、頭を下げる。八坂は長く目を閉じていた。自分も形だけ祈る。何を願うかは考えないようにした。

参拝を終えた直後、八坂が拝殿の左奥を見つめて固まった。
注連縄を巻かれた杉の大木。その根元だった。

「あの木のところ、少し行きませんか」

理由は言わない。ただ、行かなければならない顔をしていた。

御神木の裏に回ると、木の根と根の間に、小さな子供がしゃがみ込んでいた。四、五歳くらいだろうか。こちらには目もくれず、根元の洞を覗き込んでいる。

境内で、母親らしい女性が必死に子供の名を呼んでいた声を思い出す。年齢も服装も合っている。

「ぼく、●●くんか」

反応はない。八坂が膝をつき、静かに問いかける。

「お母さんとお父さん、探してますよ」

子供はゆっくり顔を上げた。黒目がちで、妙に深い。洞から顔を離しただけで、視線はまだどこか内側を見ているようだった。

その小さな指が、洞の奥を指した。

覗き込む。暗いだけだ。木の内側に吸い込まれそうな空洞がある。底は見えない。冷たい空気が、そこからわずかに流れてくる。

「何かいるのか」

問いかけた瞬間、子供が口を歪めた。声は出さない。ただ、笑っているように見えた。

その時、背後で砂利を踏む音が近づいた。八坂が両親を連れて戻ってきた。母親は子供を抱きしめ、泣きながら何度も名を呼ぶ。父親は周囲に頭を下げ続けていた。

子供は抱かれたまま、こちらを見た。
洞を指した手は、まだ半ば上がったままだった。

「見つかってよかったですね」

八坂が小さく言う。だがその声は少し震えていた。

参道を戻る途中で、ようやく尋ねた。

「さっき、何が見えた」

八坂はしばらく黙っていた。

「光が……差したんです」

「光」

「御神木の方から、一瞬だけ。まっすぐ」

木漏れ日では説明できない、と彼女は言いかけて、言葉を飲み込んだ。

「それで、あそこに何かあるって思ったのか」

「……違います」

彼女は足を止めた。

「光は、木の方からじゃなかったんです。洞の中からでした」

それ以上は何も言わなかった。

境内に戻ると、先ほどの親子の姿はもう見えなかった。あれだけ泣いていた母親も、まるで最初から居なかったかのように。

人混みは相変わらず続いている。誰も騒いでいない。迷子騒ぎは、もう終わったのだろう。

最後に御神籤を引いた。

自分の紙には『吉』とある。平凡な運勢だ。

八坂は無言で紙を開き、しばらく見つめたあと、そっとこちらに差し出した。

何も書かれていなかった。

真っ白だった。

「印刷ミスだな。引き直すか」

そう言うと、彼女は首を振った。

「いいんです。これで」

彼女は白紙の御神籤を、胸元にしまい込んだ。

帰り際、ふと御神木の方を振り返る。
遠くからでも、洞の黒さだけははっきりと見えた。

あの子供が指していた場所。

あれは助けを求めていたのか。
それとも、呼んでいたのか。

その年の春、八坂は実家に戻ると言い出した。理由ははっきりしない。ただ「縁が切れた気がする」とだけ言った。

連絡は、それきり途絶えた。

今も時折、あの神社の前を通る。国道から踏切を越え、杉並木が続く参道を見るたびに思う。

あの日、結ばれたのは誰の縁だったのか。

そして、白紙だった御神籤に、
本当は何が書かれていたのか。

[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2019/02/12]

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