夜の塩撒き競争は、冬至の夜に行われる。
村に移り住んだ最初の年、私はその名を聞いて拍子抜けした。競争といっても、騒ぐわけでも走るわけでもない。ただ各家が黙って塩を撒く夜だと説明された。誰も詳しい理由は語らなかった。
日が沈む前、各家は塩を用意する。粗塩でなければならない。細かすぎれば風に飛び、粗すぎれば線が途切れる。塩は海沿いの町から、その年の米と引き換えに運ばれてくる。量は決まっていないが、余らせてはいけないとだけ言われた。
夜になると、家の主が玄関先に立つ。箒で地面を整え、家の形に沿って塩の線を引く。円ではない。柱の角、勝手口の出っ張り、物置との隙間まで、そのままなぞる。線は人差し指の幅がよいとされているが、測る者はいない。
この線を、村では境と呼ぶ。
境を引き終えると、戸を閉める。灯りは落とす。夜のあいだ、誰も外に出ない。線を踏み越えてはいけないからだ。理由を尋ねると、「朝に分からなくなる」とだけ返された。
その夜、私は眠れなかった。外では風も鳴らず、動物の気配もない。それなのに、家の周囲を何かがゆっくり回っているような感覚があった。足音はしない。ただ、家鳴りでもない圧が、壁の外をなぞっていく。
翌朝、日の出とともに戸を開ける。村人はまず自分の家の境を見る。風で流れたのか、湿気で溶けたのか、獣の足跡か。その崩れ方を見る。
もっとも線が保たれていた家が、その年の境界守になる。境界守は共同倉庫の鍵を預かり、災害時の判断を任される。名誉とされているが、選ばれた家は、次の冬至まで毎晩、戸を早く閉める。
初めて境界守が決まった朝、私は違和感に気づいた。もっとも線が残っていた家の境だけ、白さが違った。踏み荒らされてもいないのに、そこだけ妙に濁っている。灰を混ぜたような色だった。
子どもたちは朝の塩に触ってはいけないと教えられる。崩れた線には理由があるからだ、と。だが、崩れていない線については、誰も説明しない。
村人は言う。
境は引くものではない。
毎年、引き直されるものだ。
その年の冬、境界守の家だけ、春になっても戸口の土が乾かなかった。塩の跡は消えたはずなのに、雨のたびに白い筋が浮かび上がった。
翌年の冬至、私は塩を撒く側になった。線を引き終えたあと、無意識に振り返ってしまった。自分の家の境が、すでに一部、踏み固められていた。
その跡が、誰のものなのかは、朝になっても分からなかった。
(了)