中古住宅の売買仲介をして、引き渡しから数日後のことだった。
買い主の奥さんから電話が入った。
声は落ち着いていたが、内容が妙だった。
「この家、寒いんです」
クレームかと思い、築年数や断熱の話をした。戸建てはマンションより冷えることもある。そう説明すると一応は納得した様子だった。だが三日もしないうちに、また電話が鳴った。
「やっぱりおかしいんです。寒いんです。それに……女の人がいるんです」
一瞬、言葉が出なかった。
詳しく聞くと、階段の途中に女が立っているという。夜だけではない。昼間でも、気配のように感じるらしい。顔ははっきりしないが、視線だけは確実に合う、と。
正直、奥さんの精神状態を疑った。念のため、ご主人に連絡を入れた。するとご主人も疲れ切った声でこう言った。
「妻が同じことを言い続けてる。階段に女がいるって。参ってる。でも念のため、何かこの家にあったなら教えてほしい」
仕方なく、前所有者側の媒介業者に確認を取った。
回答は即座だった。「何も聞いていない」「告知事項はない」
ただ、気になって近所を回った。すると一軒目で、あっさり答えが出た。
「ああ、あの家? 前の奥さんが階段で首を吊ったのよ。救急車も来てたわ」
その場で血の気が引いた。
確認すると、亡くなったのは数年前。昼間に起きた出来事だったという。階段の踊り場で、洗濯物を干す途中だったらしい。
すぐに買い主へ連絡し、事実を伝えた。
奥さんは泣き崩れ、ご主人はしばらく沈黙したあと、低い声で言った。
「やっぱり」
契約は解除になった。法的には問題ない。売り主も媒介業者も善意の第三者だ。だが、引き渡し後に契約が白紙になるのは、私の仕事の中でも初めてだった。
後日、撤去の立ち会いで家に入った。
空っぽのはずなのに、玄関を開けた瞬間、ひやりとした空気がまとわりついた。暖房は切れている。それでも異様な冷え方だった。
階段の前に立つと、なぜか足が止まった。
何も見えない。ただ、そこに「立っている前提」で空間ができている。避けなければいけない位置が、はっきり分かる。
その瞬間、背後で音がした。
コツ、と乾いた音。振り返ると、二階から洗濯ばさみが一つ転がり落ちてきた。誰もいないはずなのに。
階段を見上げたとき、急に息が白くなった。
季節外れだ。暖房もないが、そこまで冷える気温ではない。
私はそのまま家を出た。
ドアを閉める直前、階段の途中に、誰かが立っている気配だけが残った。
数日後、その家は再び売りに出た。
内覧希望は多かったが、決まらなかった。見に来た人の何人かが、同じことを言ったからだ。
「この家、寒いですね」
理由を尋ねると、皆それ以上は言わない。
ただ、帰り際に必ず階段を一度だけ振り返る。
今もあの家は空き家だ。
売却資料には何も書いていない。だが私は、あの階段だけは、絶対に勧めないことにしている。
[出典:312 :可愛い奥様@\(^o^)/:2016/06/07(火) 08:35:49.87 ID:puVMy3TsO.net]