広い家だった。
田舎の地主の家らしく、門が五つあり、敷地は竹林と畑と古い家屋の残骸で曖昧に広がっている。初めて来た人間は、どこからがうちの土地なのか分からない。
だから昔から、知らない人間が庭を歩いていることは珍しくなかった。
宅配業者、庭師、近所の子ども。
そして、ときどき、死んだはずの人。
近所のお婆さんや、親類のおじさんが、普通に竹林の奥を歩いているのを見たことがある。兄や姉も同じものを見ていた。
「死んだ人も散歩くらいするでしょ」
みんなそう言って笑っていた。
小学六年の秋、姉が風呂を覗かれた。
告白して振られた同級生が、腹いせに裏手まで回り込んでいたのだ。
兄が追いかけ、犯人は竹林に逃げ込んだ。
そこで怒鳴り声が落ちたという。
「どこ見て歩いとるんじゃ」
白髪で大柄な男が、竹の間に立っていたらしい。
犯人は正門へ逃げたが、そこにはセーラー服の姉が立っていた。
さっきまで風呂場にいたはずの姿で。
混乱しているところを、偶然通りかかった警官に捕まった。
後で分かったことだが、正門にいたのは双子の姉だった。
白髪の男は誰も見ていない。
病院で曾ばあちゃんに話すと、彼女は一言だけ言った。
「あれは、うちの人です」
亡くなった曾じいちゃんだった。
それからというもの、訪問営業が減った。
たまに来るセールスマンは口を揃える。
「白髪のご老人に、怒鳴られまして」
曾ばあちゃんが亡くなった年の冬、その姿はぱたりと見えなくなった。
父が言った。
「あいつな、二回ムショ入ってる。人は優しかったが、悪かった」
その夜、ふと思った。
うちの土地は、どこからどこまでが内側なのだろう。
五つの門は、入るためのものではなく、
出さないためのものだったのではないか。
そう考えた瞬間、気づいた。
竹林の奥に、また白い影が立っている。
曾ばあちゃんはもういない。
それでも、門番は消えていない。
ただ、私たちのほうが、
まだ敷地の外に出ていないだけなのかもしれない。
[出典:859 :実家の話1:2011/04/21(木) 21:46:03.57 ID:w+nXP0B1O]