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いなくなったあと rw+2,102-0118

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もう異動してしまったが、あれは去年の冬のことだった。

社会人になって六年目になる。誰に話しても信じてもらえないと思う。だが、あれを体験して以来、俺は毎朝、職場に入る前に必ず手を合わせるようになった。

名前も場所も伏せさせてほしい。今もその土地で働いている人間がいる。

そこは、もともと旧陸軍の士官学校だった。戦後に民間へ払い下げられ、うちの会社が東京ドーム四つ分の土地を買い取り、研修所を建てた。広大な敷地には山と林が残され、近代的な建物が無理に縫い付けられたような場所だった。

着任してすぐの酒席で、古参のOBから聞かされた話がある。終戦の詔勅が流れた日、士官候補生たちが飼っていた軍馬の首を斬り落とし、その後、自らも割腹して死んだという。

その場では作り話だと思った。だが、敷地の一角に建つ慰霊碑や、毎年春になると異様なほど桜が咲く区画を見るたび、ただの伝説とも言い切れなくなっていった。

当初は一般にも開放されていて、毎年のように花や酒を供えに来る老人たちがいた。だが業績悪化を理由に研修施設の増築が決まり、慰霊碑は撤去された。跡地には無機質なコンクリートの宿泊棟が建ち、慰霊の痕跡は完全に消された。

俺が異動になるまでの六年間、霊障らしい出来事は一度もなかった。物音も気配も、風や建物の軋みだと割り切っていた。

一月、記録的な大雪が降った日までは。

朝から雪かきをし、敷地の巡回をしていると、林の中で大木が二本、根元から倒れていた。一本は雷に焼かれたように裂け、もう一本は宿泊棟の窓を突き破っていた。

あまりに唐突で、現実感がなかった。業者は淡々と「撤去に二百万円かかりますね」と言った。予算は下りず、財務課長が怒鳴り散らし、そのまま放置されることになった。

後で知ったが、倒木の場所は、ちょうど慰霊碑があった跡地だった。

その日から、夜になると、あれが現れるようになった。

警備体制の縮小で、夜間は係長と俺と警備員の三人で宿直を回していた。俺は人事総務だが、コスト削減という言葉に逆らえず、夜勤を受け入れていた。

その夜、国旗と社旗を降ろし、施錠を終えて研修棟に入った瞬間、空気が変わった。重い。肺に鉛を流し込まれたようで、息が詰まる。腹が締め付けられるように痛み、トイレに駆け込んだ。消灯後の便所は異様に冷たかった。

戻ろうとしたとき、廊下の先に人影があった。非常階段の手すりにもたれ、こちらを見ている。十代後半ほどの男だった。闇の中なのに、顔だけが白く浮いて見えた。感情の抜け落ちた、哀しそうな目だった。

「お兄ちゃん、そこ立ち入り禁止だよ」

そう声をかけて近づくと、男は階段の陰に溶けるように消えた。追いかけたが、誰もいない。階段は下まで封鎖されている。

気のせいだと自分に言い聞かせた。

だが仮眠室で眠りについた直後、汗だくで目が覚めた。室温は五度前後なのに、体だけが異常に熱い。喉が渇き、枕元の水を取ろうとして気づいた。未開封だったペットボトルが空になっている。

寝ぼけたのだろうと思い、目を閉じたが眠れない。布団の中で、視線を感じた。振り返ると、カーテンの隙間から、あの男がこちらを見ていた。

反射的に怒鳴り、カーテンを開けた。誰もいない。二階だ。外に立てる場所はない。

それからは、どこに行っても、あの男がいた。巡回中の窓の外、廊下の奥、カーテンの隙間。追えば消え、目を離せば、また見ている。何も言わない。ただ、哀しみだけを宿した目で。

何度も、何を求めているのか尋ねそうになった。だが、口に出すのが怖かった。答えを聞いてしまえば、こちらが引き返せなくなる気がした。

ひと月後、ようやく倒木撤去の予算が下りた。

その朝、俺は勝手に決めた。新しい木を植え、その根元に、実家から送られてきた越乃寒梅と、魚沼産コシヒカリで握ったおにぎりを置いた。

それ以来、男は現れなくなった。

幽霊を見たという事実より、消えた後の静けさの方が怖かった。何年も、誰にも知られず、供養もされず、そこで立ち尽くしていたのだと思うと、背中が冷えた。

異動が決まった四月、最後の朝。

いつものように手を合わせると、微かに声がした。

「ありがとう」

耳の奥に、冷たい水が落ちるような感触が残った。

もう戻ることはない。だが今も、あの木の下には、誰かがそっと花を置いているのかもしれない。

[出典:249 :哀しい顔をした男 1:2011/09/19(月) 23:27:47.27 ID:kFe6hBPB0]

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