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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

処理された帰還者 nc+

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十四年前のことだ。

正確な日付は覚えていないが、季節は初春だったと思う。親戚の葬式があり、多摩川沿いの親戚宅に集まっていた。年の近い親族もおらず、式が終わってからも特にやることがなかったので、ひとりで河原を歩くことにした。

多摩川は、その日もいつもと変わらなかった。広い河川敷、草の匂い、遠くを走る車の音。空は薄く曇っていて、川面の色もはっきりしない。考え事をしていたわけでもない。ただ、時間を潰していただけだった。

土手と川の中間あたり、斜面になった場所で、草むらが少し不自然にへこんでいるのに気づいた。近づいてみると、そこには穴があった。動物の巣穴にしては大きい。人ひとりが屈めば入れそうな大きさだった。入口は草に覆われていて、覗き込まなければ気づかない程度だった。

普通なら、その時点で引き返していたと思う。だが、その穴には奇妙な点があった。
斜め下に伸びているにもかかわらず、奥が暗くなかった。むしろ、うっすらと明るかった。

最初は錯覚かと思った。目が慣れていないだけだと考えた。だが、少し身を乗り出してみると、明らかに前方から光が漏れているのが分かった。土の中に続く穴の奥が、外よりも明るい。その時点で、頭の中には疑問符しかなかった。

それでも、なぜか引き返さなかった。
怖かったかと聞かれれば、そうでもなかった。興味とも違う。ただ、そのまま進むのが自然な行動のように感じられた。

穴の中は、思ったよりも広かった。這うような姿勢で、五メートルほど進んだと思う。途中で土の感触が変わり、前方に板のようなものが見えた。行き止まりだと思ったが、よく見ると板と板の間に隙間があった。

そこから、外の空気が流れ込んでくる。
隙間に手をかけ、体を押し出すようにして這い出た。

次の瞬間、場所が変わっていた。

目の前にあったのは、森だった。背の高い木々に囲まれ、昼間なのに薄暗い。自分が出てきた場所を確認すると、そこは腐りかけた社の縁の下だった。床板は黒ずみ、木材は湿って崩れかけている。人の手が入っている様子はない。

振り返って、縁の下の奥を見た。
そこに、板壁があった。

そして、その板壁一面に、何十枚ものお札が貼られていた。色褪せ、文字も読めないものがほとんどだったが、意図的に貼られたものだということだけは分かった。隙間なく、重ねるように貼られていた。

その光景を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
なぜそこにいるのか、どうやって来たのか、考える余裕はなかった。

その場から離れなければならない、という感覚だけが残った。

縁の下から這い出し、無我夢中で森の中を走った。足元は見えず、枝に引っかかり、転びながら、とにかく下へ向かって進んだ。どれくらい走ったのか分からない。時間の感覚もなかった。

やがて、舗装された道路に出た。
人の手が入った道を見た瞬間、そこで初めて立ち止まった。

道路沿いを歩き、町に出て、交番を見つけた。中に入ると、警察官が二人いた。自分が何を話したのか、正確には覚えていない。多摩川、穴、森、社。言葉にならない説明だったと思う。

だが、警察官たちの対応は妙に早かった。
話を最後まで聞こうとせず、途中で遮り、住所と氏名を確認した。持ち物を調べ、電話をかけ、迎えの手配を進めた。こちらが混乱していることは明らかだったはずだが、落ち着かせようとする様子はなかった。

しばらくして、家族が迎えに来た。
車に乗せられ、帰宅した。

落ち着いてから、あらためて何が起こったのかを警察に尋ねた。だが、返ってきたのは「分からない」「謎だ」という言葉だけだった。両親が後日確認しても、対応は同じだったという。

その後、自分なりに場所を思い出そうとした。
交番を出てから、少なくとも一時間半ほどは山道を下った感覚がある。途中で見覚えのある景色があった。後から地図で確認すると、龍王峡のあたりに出ていたことになる。

ただ、社の正確な場所は分からない。
戻ろうとは思わなかった。

後になって思い返すと、いくつか不自然な点がある。
警察が驚かなかったこと。
事情を聞かず、処理だけを進めたこと。
家族も、それ以上深く追及しなかったこと。

自分の中では、今でも何も分かっていない。
ただ、確かにあの日、そこに入ったという事実だけが残っている。

ちなみに、親戚の家は玉川インターの近くだった。
多摩川の河原から、栃木の山中まで、どうやって移動したのかは分からない。

今も、多摩川を見ると、斜面の草むらに目がいく。
同じ穴を探しているわけではない。
ただ、あの時と同じように、奥が暗くない場所がないかを、無意識に確認してしまう。

[出典:933 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/21 17:01]

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