五年前、中学生だった私は一人の友人を失った。
死因は精神疾患による自死とされた。そう処理された、と言ったほうが近い。
けれど私たちは知っている。あの時から、中島は中島ではなくなっていた。
この話を書くのは、懺悔ではない。供養でもない。
ただ、黙っているほうが危ない気がするからだ。
あの頃の私たちは、何もかもが決まりきっていた。
家業を継ぐ未来。受験とは無縁の進路。
学校は出席確認の場所でしかなかった。
中島が空き家の話を持ってきた。
首を吊った持ち主が出て、そのまま放置されている屋敷だという。
面白半分だった。
退屈しのぎだった。
怖がる理由はなかった。
屋敷は静かだった。
埃の匂いがして、音がやけに遠く感じられた。
書斎らしき部屋で酒を開け、くだらない話をして、それで終わるはずだった。
奥の壁に小さな窓が二つあった。
天井近く、不自然な高さに。
中島が最初に入った。
私が最後だった。
部屋は湿っていた。
音が吸われるようで、誰かが息をしているはずなのに、気配が薄い。
机の上に黒く塗りつぶされた写真があった。
中島が裏返した瞬間、何かが落ちた。
紙と、髪の束だった。
その時、誰かが喉を鳴らした。
振り向かなかった。
振り向いてはいけないと、なぜか分かった。
出ようとしたとき、壁紙が剥がれた。
その下に、同じ紙が何枚も貼られていた。
呻き声がした。
中島は、そこに立っていた。
目が合わなかった。
目が、なかった。
どうやって外に出たのか覚えていない。
菊池の踵には噛まれたような跡があり、唾のようなものが付いていた。
中島は家に戻されたが、学校には来なくなった。
数日後、菊池が死んだ。
中島の家を覗いた直後に倒れ、そのままだった。
その後のことは、思い出さないようにしてきた。
神社に連れて行かれ、髪を落とされたこと。
何かを「思い出すな」と言われたこと。
それでも、思い出してしまう。
加藤は自分の髪を切り、部屋中に貼っていた。
村田は遠い町で見つかった。後頭部の髪がごっそり抜けていた。
私は地元を離れた。
忘れたつもりだった。
だが、帰省した。
祖父の初盆だった。
売店で、元彼女に会った。
彼女は、まだ覚えていた。
その夜、四十度の熱を出した。
夢に中島が出てきた。
「お前だけやな」
目が覚めると、喉の奥からヒイヒイと音がしていた。
枕元の位牌に、細いヒビが入っていた。
私は気づいた。
忘れれば消えるのではない。
覚えている者が減るだけだ。
私はこれを書いた。
これを読んだあなたが、
もし今、喉の奥に乾いた音を感じたなら。
それは、もう。
(了)