古い大木に囲まれたその墓地は、地図にも載らない尾根の鞍部にあった。
かつてこの山あいには、突然現れた一団が住み着いたという。五十年のあいだに棚田を穿ち、谷を削り、豊かな集落を築いた。争乱が国を焼いた時代でさえ、この地は顧みられなかった。やがて新しい領主が兵を徴し、村から男たちが連れ出された。
数週間後、訓練を終えた男たちが戻った翌朝、村は消えていた。
家も畑も、女も子も、跡形もなく。
捜索は打ち切られ、やがて村は焼かれた。だが墓地だけは残された。朽ちかけた石の前には、いつの時代も花が供えられているという。
本で読んだ通りだった。
苔むした墓石の前に、白い花が束ねられている。山中では見かけない種類だ。触れるとまだ湿り気があった。造花ではない。
ここへは、最寄りの町から徒歩で六時間。今日ここを通ったのは、俺だけだ。
俺は三日かけてこの山塊を横断する予定でいる。人の気配はなく、沢の音だけが遠い。花を置いた誰かは、今もどこかにいるはずだった。
墓石の裏に回ると、小さな石がいくつも積まれているのに気づいた。ひとつひとつに、刃物で刻んだような細い線がある。数を数えかけて、やめた。
ザックを下ろし、水を飲む。風が抜ける。
視線を戻すと、墓前の花が一輪増えていた。
白ではない。淡い紫。
さきほどまで、なかった色だ。
辺りを見渡す。誰もいない。足音も枝の揺れもない。ただ、背後の大木の幹に、爪で削ったような痕が幾筋も残っている。
訓練を終えて戻った男たち。
その翌朝、村は消えた。
俺は、無意識に自分の指を見た。爪のあいだに、紫の花弁が挟まっている。見覚えのない花だ。だが、匂いは知っている気がした。
積まれた小石の数が、ひとつ多い。
気のせいだと目を逸らす。だが次に瞬きをしたとき、墓石の影がわずかに動いた。
俺は笑った。予感とも期待ともつかない感情が胸に湧く。
もしかすると、この三日のあいだに彼らを見かけるかもしれない。
あるいは、もう見かけているのかもしれない。
背後で、乾いた石がひとつ、積まれる音がした。
振り向く前に、足もとに白い花が落ちてきた。
[出典:30 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :2005/06/15(水) 23:51:36 ID:dsL5gb3h0]