山里の住民に聞いた話だ。
数年前の夜中、昼間に火入れをした炭窯の様子を確かめるため、ひとりで山に入った。煙の温度を測り、木酢液を受ける容器を交換していると、少し離れた林道を登ってくる車が見えた。
ヘッドライトは点いていない。暗闇を割るでもなく、吸い込まれるように静かに進んでくる。やがて車は、炭窯のある空き地の入口まで来ると、ゆっくりと停まった。
不要になった車を捨てに来たのだろう。そう思った。近づいてみると、車体は錆び、泥にまみれ、長いあいだ放置されていたように見えた。
注意してやろうと、運転席めがけて懐中電灯の光を当てた。
照らし出された車内には、縺れた有刺鉄線がぎっしりと詰め込まれていた。座席もハンドルも埋まり、人が入り込める隙間はどこにもない。鉄線の先端が、内張りを突き破り、こちらを向いている。
その瞬間、山の夜気とは別の冷たさが足元から這い上がってきた。さっきまで聞こえていた炭の爆ぜる音が、急に遠のいた気がした。
振り返ることもできず、山を下り、人里まで逃げ帰った。
あの車は今も、空き地の入口に放置されたままだという。いつからそこにあるのか、誰が置いたのかを知っている者はいない。
[出典:213 :聞いた話 ◆UeDAeOEQ0o :2012/09/05(水) 00:01:45.65 ID:5ULNgNTm0]