ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 民俗 n+2026 オリジナル作品

🚨影だけが残る村 nc+

更新日:

Sponsord Link

この村には、年に一度だけ時間が止まる日がある。

誰も畑に出ず、誰も鍋をかき回さず、子どもでさえ走らない日だ。その日は「影を返す日」と呼ばれている。太陽がもっとも高く昇る季節、正午のひとときに、村全体が静止する。動いてはいけない。影が地面に固定される瞬間だからだと、そう教えられてきた。

私はその村で生まれ育った。だからこの日の準備も、呼吸のように体に染みついている。前夜、戸口を掃き、石を選ぶ。新しい石は使わない。川で丸くなったものか、畑から拾った角の取れたもの。片手で持てる重さ。重すぎても軽すぎてもいけない。軽すぎると影を押さえきれないと、祖母は言っていた。

当日の朝、村は異様なほど静かになる。誰も広場に集まらない。騒げば影が逃げるからだと説明されるが、実際には誰も理由を深く考えない。ただ、そうしなければならないこととして受け入れている。

広場の中央には一本の古い杭が立っている。上部には小さな金属片が打ち付けられていて、正午になるとそこから反射した光が地面に落ちる。その点が、その年の暦の基準になる。村の長は、その点と前年の点との差を見て、種まきや収穫の時期を決める。

正午が近づくと、家の中でも声は消える。食事は早く済ませ、器は伏せる。猫は外に出さず、鶏の餌も与えない。影が揺れる原因を作らないためだ。私は家の前に立ち、太陽を背にした。足を肩幅に開き、両手を下ろす。瞬きも抑える。まばたきすると影がほどけると聞かされてきた。

鐘が鳴る。

影の輪郭が最も濃く地面に落ちた瞬間、私は石を影の端に置いた。そっと、ずらさないように。風の音と、遠くの川の音だけが聞こえる。誰も動かない。誰も喋らない。村全体が、一枚の影絵のようになる。

やがて、杭の金属片が反射する光が、広場に一点の輝きを落とす。村の長がそこに石を置く。儀式はそれで終わりだ。人々は石を残したまま、何事もなかったように家へ戻る。その石は一年間、動かしてはいけない。広場と家々の前には、影の石が少しずつ増え、何十年もかけて円を描き、村を囲むようになっていく。

子どもの頃、私はその石の間を歩きながら、祖父の影を探した。祖父は私が生まれる前に死んだが、石は残っている。「そこに立っていた証」だと教えられた。影を固定するとは、時間を固定することなのだと。

その年、私は村を出ることになっていた。進学のためだ。影を返す日が、村で迎える最後の儀式になるはずだった。

鐘が鳴り、石を置き、家に戻った。そのとき、ふと違和感があった。影が、いつもより短かった気がした。だが誰も何も言わない。毎年少しずつずれるものだと、皆が言う。だから返さなければならないのだと。

翌朝、広場を横切ったとき、杭のそばに置かれた石を見て、胸がざわついた。位置が違う。去年の点からのずれが、いつもより大きい。私は長に聞こうとしたが、声が出なかった。聞いてはいけない気がした。

その日の夕方、村の外れで、石が一つ倒れているのを見つけた。影の石だ。誰かが動かしたのかと思ったが、触れてはいけない。そう教えられてきた。なのに、その石は私の足元にあった。

私は、自分の家の前を見た。そこにあるはずの石が、なかった。

その瞬間、理解した。今年、私は影を返していない。正午、確かに石を置いたはずなのに、影がなかった。いや、影はあった。だがそれは、私のものではなかった。

夜、家の中で、床に落ちる影を見た。動くたびに、わずかに遅れる。私の動きに追いつかない。影が、外に残っている。

村を出る朝、誰も見送りに来なかった。影の石の円の外へ出たとき、背中が急に軽くなった。振り返ると、私の影だけが、円の内側に留まっていた。

影は毎年、少しずつずれている。だから返さなければならないのだと、村人は言う。

だが、返されるのは影だけなのか。
それとも、残るのは影だけなのか。

私は今も、正午になると足を止めてしまう。
自分がどちら側にいるのか、確かめるのが怖いからだ。

(了)

📚 この怪談の続きは、Kindleで

伝聞怪談コンプリート合冊

サイト未公開の話を多数収録。Kindle Unlimitedなら追加料金なしで読み放題。

【合冊版】558ページ・100円のお得セットあり

伝聞怪談1 伝聞怪談2 既刊6冊

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚, 民俗, n+2026, オリジナル作品

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.