高校三年の春だった。
雨で窓が白く曇った午後一番の日本史。眠気に沈みながら、俺はノートを開いていた。
次に意識が戻ったとき、ペン先はまだ紙の上にあった。
ほんの一瞬、落ちたのだと思う。
黒板には「応仁の乱」とある。
だが、ノートには別の文章が並んでいた。
「〇〇の策により失脚した××だが、実際には△△によるものであった。
しかしそれは公にはされず、後世の今に至るまで××の策と信じられている」
整いすぎていた。
俺の字じゃない。寝ぼけた字でもない。
知らない人物名。知らない因果。
俺は何も考えず、そのページを破いた。
読まないまま、丸めて鞄に押し込んだ。
それきり、何も起きなかった。
十年後。
暇つぶしに覗いた掲示板で、「授業中の不思議体験」というスレを見つけた。
そこに、同じ文章があった。
「××の策により失脚した〇〇だが、実際には△△によるものであり……」
人物名は違う。だが構文も、言い回しも、結論も同じだった。
ぞっとしてレスを打った。
投稿者はすぐに消えた。
スレのログも、なぜかそこだけ抜け落ちていた。
おかしいのは、そのあとだ。
俺はその時、確かにスクリーンショットを撮った。
だが保存フォルダにあったのは、真っ黒な画像一枚だけだった。
ファイル名は、
「△△.jpg」
名前は読めない。
文字化けでもない。
表示されるたびに形が少し違う。線が揺れる。滲む。
その夜、夢を見た。
暗い教室。俺の席だけが照らされている。
背の高い男が立っていた。
顔は見えない。
指だけが、俺のノートを押さえている。
「書くな」
それだけ言った。
目が覚めると、スマホのカメラが勝手に起動していた。
シャッター音もないのに、保存フォルダには黒い画像が増えていた。
全部同じ名前だ。
「△△.jpg」
削除しても、消えない。
数は増えない。ただ、存在し続ける。
俺はノートもスマホも処分した。
それで終わると思った。
昨日、駅のホームで声をかけられた。
「もう、投稿しないでください」
振り向くと、見覚えのある背の高い男がいた。
顔はやはり、焦点が合わない。
「俺は何も――」
言いかけた瞬間、男は遮った。
「あなたは覚えていないだけです」
そう言って、人混みに消えた。
帰宅してパソコンを開いた。
履歴を確認した。
この掲示板への投稿履歴が、ひとつあった。
タイトルは――
「△△について」
本文は空白だ。
だが、投稿日時は、いまから五分後になっている。
俺はまだ何も書いていない。
なのに、画面の入力欄に、カーソルが勝手に点滅している。
次に出てくる名前が、何になるのか。
それを知っているのが、俺だけなのかどうか。
確かめる勇気は、ない。
この文章を読み終えたあと、
もし、検索欄に打ちかけの履歴があったら――
それは、俺の続きかもしれない。
[出典:429 :あなたのうしろに名無しさんが……:03/09/27 03:04]