ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

西武新宿線の、その先 rw+3,553

更新日:

Sponsord Link

一年間行方不明になった日のことを、私は西武新宿線の吊革までしか覚えていない。

その日は風邪をひいていた。身体の芯が冷えたままで、骨の奥に入った氷がいつまでも溶けないような感覚があった。耐えきれず、大久保の病院へ行くことにした。吊革に片手をかけ、電車が揺れるたびに身体を預けていた。頭は重く、内側から脈を打つような痛みが続いていたので、まぶたを閉じ、眉間に力を入れてやり過ごそうとしていた。

そこから先がない。

次に意識がはっきりしたとき、夕方だった。立っていたのは見知らぬ街で、湿った空気が肌にまとわりついていた。季節さえすぐには判断できなかった。着ている服にも覚えがない。近くのラーメン屋の窓に映った自分を見て、さらに混乱した。髪が茶色く染まっていた。私は、それまで髪を染めたことがなかった。

なぜかその店に入り、店主に「ここ、どこですか」と聞いた。大阪市内、福島駅の近くだという。東京にいたはずの自分が、どうして大阪にいるのか。それだけでも理解できなかったが、日付を知ったときには、さらに何も考えられなくなった。

一年近く経っていた。

ポケットには携帯電話が入っていた。自分が使っていた機種ではなかった。アドレス帳を開くと、「ま」「ひ」といった一文字だけの名前が十件ほど並んでいた。家族も友人も登録されていない。誰の番号なのか確かめることもできたはずだが、そのときの私は、そこへ電話をかけてはいけないと強く感じた。理由はわからない。ただ、その番号を持っていること自体が怖くなり、携帯電話を川へ投げ捨てた。

警察へ行き、実家へ連絡を取ってもらった。電話口で母が泣いた。私には捜索願が出ていた。電車の中で意識が途切れてから一年近く、私は行方不明になっていた。

実家に戻ってからも、その期間のことは何一つ思い出せなかった。元の会社には戻れず、現在は派遣で働きながら月に一度精神科へ通っている。医師から言われたのは「心因性健忘」という言葉だった。

私はそれだけでは納得できず、別の理由を考えたこともある。どこかで胸を植木鉢台のようなものに強くぶつけ、心臓振盪に近いことが起き、脳への血流が一時的に途絶えたのではないか。そうした身体的な出来事が記憶に影響したのではないか、と。ただし、その衝撃そのものを思い出せるわけではない。

母にも、以前、半年ほど記憶を失っていた時期があったという。そのころ交換日記までしていたらしいが、母にはその記憶が残っていなかった。

だから、記憶というものは本当に消えることがあるのだろうと思う。

それでも、私の一年間が単に消えただけだったのかどうかは、今もわからない。

一度だけ、その期間らしい光景を夢で見たことがある。知らない部屋だった。壁には大勢の写真が貼られていて、笑っている顔も、こちらを睨んでいる顔もあった。その中に私自身の写真があった。茶色い髪で、見覚えのない服を着ている。その隣には誰かが立っていたが、そこだけは顔にモザイクでもかかったように思い出せなかった。

夢はそれだけだった。目を覚ましたときには心臓が速く打ち、吐き気がしていた。

それからしばらくして、派遣の仕事から帰る途中、駅の人混みの向こうに姉の後ろ姿を見た。

姉とは十年以上会っていなかった。実家へ戻ってから何度か母に姉のことを尋ねたが、そのたびに母は話を逸らした。それでも私は、人混みの向こうの背中を姉だと思った。気づいたときには追いかけていた。

姉らしい人物は人の流れを抜け、見知らぬ路地へ入っていった。私もそのまま進んだ。やがて、長いトンネルの入口に出た。中は薄暗く、はるか先に出口らしい光だけが見えていた。

その背中は途中で見えなくなった。

私はなおも歩いた。ところが、いくら進んでも出口の光との距離が縮まらない。感覚では二時間ほど歩いたはずなのに、時間が動いている感じさえしなかった。やがて背後から、誰かが走ってくる音がした。

振り向かなかった。

私は前だけを見て走った。その瞬間、それまで遠ざかりもしなかった出口の光が急に近づき、次の一歩で身体ごと外へ放り出された。

そこには、見渡す限りひまわりが咲いていた。一本道の向こうには田園が広がっている。トンネルへ入る前と同じように、外はまだ明るかった。

近くの農家に助けを求め、電話を借りた。自宅の番号へかけると、「現在使われておりません」という案内が流れた。事情を説明して警察へ連れて行ってもらったが、そこで告げられた住所は、確かに私自身の住所だった。

ただし、その住所がある街を、私は一度も見たことがなかった。

両親はいた。

姉はいなかった。

一年間の空白には、茶髪の私と、顔を思い出せない誰かがいる。トンネルの向こうには両親がいて、姉だけがいなかった。

私には、その二つが無関係だと言い切れるだけの記憶がない。

[出典:31 :おさかなくわえた名無しさん:2005/06/27(月) 09:45:58 ID:vLg9Gq2N]

📚 この怪談の続きは、Kindleで

伝聞怪談コンプリート合冊

サイト未公開の話を多数収録。Kindle Unlimitedなら追加料金なしで読み放題。

【合冊版】558ページ・100円のお得セットあり

伝聞怪談1 伝聞怪談2 既刊6冊

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.