この土地では、子どもが五歳になると二つ目の名を持つ。
ひとつは日常で呼ばれる名。もうひとつは「川名」と呼ばれる名だ。
川名は戸籍に記されない。学校でも使われない。家族以外は知らない。五歳の誕生日を迎えた子どもは、夜明け前に起こされる。白い布を肩にかけ、父か母が小さな木札を持つ。木札には墨で名が書かれている。その名を、子ども自身はまだ知らない。
村外れの川は、夜明け前がいちばん静かだ。霧が水面に張りつき、音が吸われる。家族は川面に向かって並び、誰も声を出さない。合図もない。子どもは差し出された木札を両手で受け取る。書かれている文字を読もうとしてはいけないと教えられている。だから、墨のにじみだけを見つめる。
夜明けとともに、子どもは木札を川へ流す。追いかけてはいけない。振り返ってもいけない。木札は流れに乗り、霧の奥へ消える。そこで儀式は終わる。理由を問うことは許されない。
この風習について、村ではこう言われている。川は秘密を覚えている。名を預けておけば、悪いものは本当の名を知らない。だから、川名は守りの名だと。
川名はその日から口にしてはいけない。家族の誰かが誤って呼べば、その年は川が荒れると言われている。増水、濁流、堤の崩れ。実際に何度かそういう年はあった。だから大人たちは慎重になる。慎重すぎるほどになる。
ただし、川名が完全に失われるわけではない。例外がある。
子どもが行方不明になったときだ。
村では、子どもが消えることを珍しいとは言わない。山が近く、川が深く、霧が濃い。探しに出るとき、家族は日常の名では呼ばない。川名で呼びかける。本当にその子であれば、必ず振り向くと信じられている。外の者はその名を知らない。だから、応えるのは本人だけだと。
そう教えられてきた。
十五歳になると、もう一度川へ行く。そのとき初めて、自分の川名を聞かされる。川辺で、親が小さく囁く。一度きりだ。聞き返してはいけない。書き留めてはいけない。覚えても、口にしてはいけない。
それは、自分が守られてきた存在であることを知るためだと説明される。
だが、その説明を、誰も深く信じてはいない。
十五の夜、川辺で名を聞かされた子どもたちは、ほとんど同じ感想を抱く。思っていた名と違う、という感覚だ。もっと幼い響きだと思っていた。もっと自分に近い音だと思っていた。だが、どこか他人の名のように聞こえる。
その違和感を口にする者はいない。そういうものだと、皆が思うことにしている。
村では、行方不明になった子どもが、何人か戻ってきている。山から、川下から、霧の中から。発見されたとき、彼らは必ず振り向いたと報告される。呼ばれた瞬間、確かにこちらを見たと。
ただし、戻ってきた子どもたちは、以前と少し違う。
日常の名を呼ばれると、一拍遅れて反応する。鏡に映る自分を、長く見つめる。川を避ける者もいれば、逆に川辺から離れなくなる者もいる。家族は「無事でよかった」と言う。それ以上は、何も言わない。
ある年、村で一人の子どもが消えた。探しに出たのは家族だけではなかった。外から来た者も混じった。山狩りの途中、父親が川名で呼びかけた。霧の向こうで、誰かが振り向いた。
その姿を見たのは、複数人だった。
確かに、子どもの背丈だった。着ていた服も一致していた。だが、顔をはっきり見た者はいなかった。霧が濃すぎた。川音が大きすぎた。
振り向いた存在は、そのまま川の方へ歩いていった。追いかけた者はいない。追いかけてはいけないと、皆が知っていたからだ。
翌朝、子どもは村の外れで見つかった。眠っていた。怪我はなかった。本人は、呼ばれた記憶がないと言った。ただ、川の音だけは覚えていると。
その後、その子の家では、川名を二度と口にしなくなった。十五になっても、名は伝えられなかった。
川は毎日流れている。同じ水はない。流した木札は、もう存在しない。それでも、名を流したという事実だけは残る。川が覚えているのが、名なのか、それを流した存在なのかは、誰にも分からない。
村人は言う。
名前は二つある。ひとつは人のため。もうひとつは、失わないため。
ただし、何を失わないのかは、誰もはっきりとは言わない。
川辺には、何も刻まれていない。ただ水が流れているだけだ。それでも、そこには無数の名が預けられている。そして、振り向いたものも。
(了)