中編 ミステリー

アレックス・クーパー失踪事件【ゆっくり朗読】

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1987年4月、深い霧が立ち込める静かな朝。

この日、実家の近くに住むライラが早朝から夫と共にドライブに出かけてようとしていた。川沿いにライラの父:アレックスの車が停まっていた。
釣りでもしているのかと思い、様子を見に行くと、父:アレックスは乗っておらず、釣り道具が積んだままになっていた。
胸騒ぎを覚えた娘のライラは、すぐに母:マーガレットに連絡した。
母:マーガレットによると、アレックスは昨日の夜には仕事から戻るはずだったのが、まだ戻っていないという。

アレックスとマーガレットが結婚したのは、1952年。
5人の子供、3人の孫にも恵まれ、愛に溢れる家庭を築き上げてきた。
夫婦でクリーニング業を営む一方、新たに食品配達の営業を始めるなど、仕事も順風満帆。人々からの信頼も厚く、地元の名士として誰からも尊敬される人物だった。

そんな夫:アレックスも65歳になり、老後は夫婦で自由な時間を過ごしたいと、マーガレットはアレックスが仕事を引退する日を心待ちにしていた。
彼がいなくなったのは、そんな矢先の出来事だったのだ。

マーガレットの頭によぎったのは、アレックスが何かの病に倒れ、病院に運ばれたのではないかという心配。彼女は町の各所を捜し歩いたが、アレックスの足跡を見つけることはできなかった。地元の名士であるアレックスの失踪とあって、警察もただちに大規模な捜索を開始。同時に彼の友人、知人らにも聞き込みを行ったのだが…めぼしい情報を掴むことはできなかった。

警察の捜査官たちは、事件の背後に何かの事故の可能性もあるかもしれないと考え、あらゆる角度から捜査を進めた。一方、家族はアレックスを心から探していた。

アレックスの顔写真を掲載したポスターを作成し、町中の通りや壁に熱心に貼り付けて回った。彼が怪我や病気でどこかに閉じ込められているのではないかとの思いから、家族は近隣の空き家や廃墟も一つ一つ丁寧に捜索した。

五日後、新聞にアレックスの失踪を掲載したところ、ある目撃情報が寄せられた。

ある日、街角でアレックスがヒッチハイクを試みているという情報が飛び込んできた。この手がかりが真実なのかは誰も確信できなかったが、家族の中には希望の灯が再びともるものもいた。それでも、不幸にもアレックスの姿はどこにも見当たらなかった。一体、彼には何があったのだろうか。捜索は日々続けられたが、その足跡を掴むことなく時は流れ、一年が過ぎた。

家族の中には、「このまま何も解決しないで待ち続けるのは苦しすぎる。区切りをつけ、新しい未来を見据えるべきだ」という気持ちが高まってきた。結論として、家族はアレックスの死亡届を申請する決断を下した。

しかし、その申請が新たな謎の扉を開けることになる。役所から驚きの連絡が入った。「アレックス・クーパーという名前の出生証明書は存在していません。したがって、存在しない人物の死亡届は受け入れられません。」家族は驚愕した。これは一体、どういうことなのか。

失踪してから4年。その期間、アレックスの去就については事故か、それとも何らかの事件か、誰にも分からない謎のままだった。だが、ある日突如として、彼の故郷から3500キロも離れたトロントで、予期せぬ展開が待っていた。

デイヴィッドという男が行方不明だとの通報を受けた警察が、その男のアパートを訪れると、彼の部屋の中からアレックスの写真が発見された。この知らせは、驚愕と希望を込めて、アレックスの家族であるマーガレットのもとへと急速に届けられた。

しかしその後、アレックスがアパートに帰ってきたとの新たな通報が。警察が再度その場所へと急行すると、おそらく警察の訪問に気づいたアレックスは急いで荷物を纏め、再び姿を消してしまった。一体彼は何から逃げ続けているのか。その背後には、彼の深く、そして重大な秘密が隠されていた。

そして再び姿を消したアレックスが、半年後に警察によってついに捕まえられた日。そのときの彼の瞳には、過去の重荷とともに、真実が宿っていた。アレックス、という名前は実は仮のもの。彼の本当の名はアルビン・アーセナルド。彼が若き日に背負った過去、そして40年以上も隠し続けてきた本当の名前が、ついに日の目を見ることになったのだ。

それは、今から44年前、1948年のことだった。

当時、オンタリオ州北部で駅長をしていた彼は、鉄道事務所内の金庫から高額の債権が盗まれた事件の容疑者として、過酷な取り調べを受けていた。やがて、恐怖におののいた彼は、隙をついて逃亡。クランブルックに流れ着くと、アレックス・クーパーと名乗り、生活を始めた。

当時は終戦直後の混乱期。現在の日本でいうマイナンバーのような役割を持つ「社会保障番号」を不正に入手する方法も多く存在した。 その番号があれば、ほとんど全ての手続きが事足り、別人として生きていくことが可能だった。
その後、過去を隠したままマーガレットと出会い、結婚。以降35年間、本当の自分を誰にも明かさず、別人として生きてきたのだった。

65歳を迎えたアレックスは、退職しての生活を考え、年金の受け取り方を調べてみた。すると、ただの「社会保障番号」では不十分で、「出生証明書」も必要だということを知った。カナダには、重犯罪に関する時効がない。アレックスは胸がざわつき、もし真実が知れ渡れば、彼は警察に逮捕されかねない。その恐れから、アレックスは必要最低限の現金を手に家を飛び出し、40年以上の間、彼が抱え続けてきた秘密を背負ったまま行方をくらました。

だが、真実は彼が知るよりもはるかに複雑だった。アレックスが逃げてすぐに、事件の真犯人は警察に捕まり、罪を償っていたのだ。アレックスが逃げる理由など、本当は一切なかった。しかし彼は、当時の厳しい取り調べから恐怖を感じ、自ら名前を捨てる道を選んでしまった。そして、彼は40年の時を経て、家族に対して不要な嘘をつき続けていた。

すべての事実が明らかになった後、アレックスは家族のもとへと戻ることを決心した。彼の家族は全ての事情を理解していたはずだ。しかし、40年間も家族を欺き続けた傷は深く、マーガレットは再び彼を受け入れることができず、結果として夫婦は離婚した。その後、彼らの関係は友情として続いたものの、4年後にマーガレットは亡くなった。職を失っていたアレックスも、最後は娘たちと共に過ごし、11年後に静かにこの世を去った。

彼の次女ライラさんと三女ローラさんは、感謝と理解の言葉を述べてくれた。「父が我々を裏切ったことに対する怒りは感じましたが、彼が私たちの父であることに変わりはない」とライラさん。「過去を忘れることはできないけれど、心からの許しを与えることはできる。父は私たちにとって、永遠に特別な存在です」とローラさんは言った。

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