これは、かつて同じクラスだった吉岡くん(仮名)から聞いた話だ。
彼は、高校に入学して間もなく、クラスでの小さなトラブルに巻き込まれ不登校になった。昼間は家でテレビを見たり、ゲームをしたり、年の離れた四歳の弟の面倒を見て過ごしていた。夜になると、近くの公園でスケートボードをしたり、友人の家に遊びに行ったりと、昼と夜で全く違う生活を送っていた。
ある日の夜、母親が外出していて、家には弟と二人きりだった。夕食を終え、二人でテレビのタモリを見ていると、突然、弟が「でんわ。でんわしなきゃ」と言い出した。言葉の割にはやけに真剣な表情だったので、不審に思いながら「え?誰に?どこにかけるの?」と尋ねたが、弟はそれには答えず、「でんわ、でんわ」と繰り返し、廊下に置かれた黒い電話機に向かって駆け出していった。
四歳の弟が電話をしたいと言うのは少々奇妙に思えたが、年齢的なものだろうと軽く流そうとした。ところが、弟は電話台に必死で手を伸ばし「でんわ!でんわ!」と騒ぎ出し、こちらがなだめようとしても、聞く耳を持たない。「お母さんならもう帰ってくるよ」と声をかけたが、ますます焦って「はやく!でんわ!」と泣きわめき始め、何かにとりつかれたかのように電話を取ることを求めてきた。
途方に暮れながらも、弟をリビングに連れ戻そうと抱きかかえた瞬間、「プルルルル…!」と電話のベルが鳴り響いた。弟はその音を聞くなり、「ゆうくんのでんわ!」と叫び、激しくもがき出した。こちらはたじろぎながらも弟をしっかりと抱え込み、「わかった、先に兄ちゃんが出るから」と言い、震える手で受話器を取った。
「はい…」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、ややかすれた中年の女性の声だった。「…あの、ゆうちゃんお願いします」その声にはどこか湿っぽく、まとわりつくような陰があった。全く聞き覚えのない声だった。
誰かのいたずらかとも思い、「あの、どちらさまですか?」と尋ねると、「…とも」と短く返ってきた。「友達?」と確認しようとしたその瞬間、受話器の向こうでブツッと音がして、電話は一方的に切られた。
受話器を置くと、弟がキョトンとした顔でこちらを見つめていた。「今の、おばさんのこと知ってるのか?」と問いかけても、「わかんない」と首を横に振るばかりで、何度尋ねても要領を得なかった。ナンバーディスプレイを確認すると、見覚えのない番号が表示されていた。地元ではまず目にしないような番号だったが、掛け直してみても、常に話し中で繋がらないままだった。
その日、母が帰宅し、一連の出来事を説明したが、彼女も心当たりがないらしく、気味悪がっていた。そして、それ以降もその番号から頻繁に電話がかかるようになった。
こちらが電話に出ても、毎回無言でブツリと切られる。弟もその度に「でんわ!でんわ!」と騒ぎ立てるようになり、ただならぬ雰囲気が部屋に漂っていた。やがて、電話が鳴る度に全身が冷え切るような不気味さを感じるようになり、電話を弟の手が届かない位置に移動させ、何とかして電話を遠ざけるように工夫した。
不気味な電話が続いて数週間が過ぎた頃、さすがに警察に相談しようかと家族で話していた矢先のことだった。
その日は昼間、母が用事で出かけ、再び弟と二人きりだった。トイレに入っていると、例の電話が鳴り出した。どうせまた例のおばさんだろうと無視することにして、そのまま着信音が止むのを待っていると、突如「ガンッ」という音が響いたかと思うと、「もしもし?もしもし?」と、弟の声が遠くから聞こえてきた。
驚いて駆け出すと、廊下で電話が床に転がっていた。どうやら弟が線を引っ張り、電話機を台ごと落としたらしい。その横で、弟は受話器を楽しそうに握りしめ、「うん、そうだよ。あそびにきてね」と話していた。
翌日から、見知らぬ番号からの電話も、弟の「でんわ!でんわ!」という騒ぎも、ぴたりと止んだ。何度も掛け直していたあの番号も、気がつくと「現在使われておりません」というアナウンスが流れるようになっていた。
あれから七年が経った。弟に当時のことを尋ねても、「そんなこと、全く覚えてないよ」と、嘘をつかれたかのような顔でため息をつくだけだ。
[出典:983 :本当にあった怖い名無し:2013/08/25(日) 01:04:16.72 ID:kojzRZM90]